【P.C.】異種閑談-ヒトと鬼とエルフと-〈ハル・凪・ラウ〉

「あ、すみません。注文いいですか?」

ちょうど通りかかったところを呼び止めると、店員である獣人族の少女は愛想のいい微笑みで対応してくれた。

連れの少女が注文したパフェがあまりに美味しそうで、自分も食べたくなったところだった。そこに店員が通りかかったのも天啓てんけいだとか、明日は絶食しようとか、ラウの頭の中は妙に言い訳染みた思考でいっぱいになっている。

「パフェ一つお願いします。チョコのやつね。それから、……ハルと凪ちゃんは何かいる?」

向かいに座る連れの二人に声をかける。

見ると、パフェのスプーンをわしづかみにした凪に、ハルが持ち方の見本を見せているところだった。以前食事したとき、凪は箸を器用に扱っていた記憶があるから、鬼族の世界は和食文化なのかもしれない。

ハルはいつも通り表情に乏しいが、彼が甲斐甲斐しく誰かの世話を焼く姿はラウの目に珍しく映った。戦闘の権化ごんげとも名高い鬼族である少女が、未知なる食べ物と必死に格闘する様子も何だか微笑ましくて、こうしていると二人は兄妹のように見えた。

声をかけられた二人が同時に顔を上げて、ぽかんとした様子でこちらを見た。

「注文。追加で何か頼む?」

私もいるのに二人の世界に入っちゃうんだもんなぁ、と僅かな寂しさを感じながらラウは同じ質問を繰り返した。

「じゃあ、俺はコーヒーおかわり。凪は?」
「わたしは、大丈夫……です」

真剣な表情の凪は、パフェをつつくのに手一杯のようで空返事だった。その様子にラウは思わず頬を緩める。

「以上でお願いします」
「かしこまりました」

注文を受け終わり、ぺこりとお辞儀して去って行く店員。その後ろ姿を眺めると、猫科の尻尾がご機嫌そうに揺れていた。

「あんな可愛い子、前からいたかしら?」
「ん? あー、どうですかね。覚えが無い」

ハルの返答は、いかにも彼らしい唐変木なものだ。

「……ハル、貴方ここの常連でしょう?」
「ここのコーヒーは美味いですからね」
「店員さんの顔、覚えてないの? 可愛い子多いじゃない、このカフェ」

店内を見回すと、揃いの制服をまとった何人かの店員が忙しそうに働いている。男女の比率は圧倒的に女性に傾いていた。このカフェは制服が可愛いと話題になっていて、一度着てみたいという女性のバイト志願者が多いのだ。

「ラウさんを見慣れてますからね。少しくらい可愛い子がいても印象に残らないんですよ」
「あらお上手」

昔からハルは、さらりとこういうことを口にする。そのくせ、いつも眉一つ動かさず淡々と言うものだから、慣れないうちは言われた方が反応に困るのが常だった。もう少し照れるとか、いっそ不適に微笑むとかできればモテるだろうにとラウは思う。

そんなラウの心情を知る由もないハルは、またもや無自覚に爆弾を落とす。

「それに可愛さなら凪も負けてない」

言いながら、パフェを食べるのに悪戦苦闘していた凪の頭を撫でた。

あーあ、とラウは嘆息した。

凪はスプーンを口に運んだままの姿勢で固まってしまい、顔を真っ赤にしている。

そんな少女を、不思議そうに眺めるハル。

(ほんとうに他人に無頓着なんだから……)

ハルは他人との距離の置き方が絶対的におかしい。普段は茫漠ぼうばくとした様子の昼行灯ひるあんどんのくせに、ふとした瞬間に驚くくらい近くに歩み寄ってくるのだ。

ラウはそれなりに長い付き合いだから慣れているが、凪はそうではない。

つい先日、従者になったばかりの鬼族の少女は、未だにあるじであるハルとの距離感に戸惑っている。主と従者。ヒト族と鬼族。親密すぎるのも恐れ多いし、なにより鬼族の力で不用意にヒト族に触れようものなら、下手をすれば大けがを負わせてしまうかもしれない。

そんな心配をする凪に、ハルは容赦がない。自然体とはまたちがう、虚空こくうのていで凪に触れるのだ。それは従者というより、妹を相手にするような雰囲気がある。

「ハル」
「ん?」

一向に硬直している凪が憐れになって、仕方ないから助け船をだしてやることに決めた。

「コーヒーだけじゃ身体もたないでしょ。一口だけでも食べといたら?」

ラウは自分のパンケーキをフォークに差して、ハルに差しだしてやった。ついでに生クリームをたっぷりと乗っけてやっている。

ハルは良くも悪くも、好き嫌いがない。

様々な文化が入り混じるここカーモスでは、食事一つとっても混沌の様相を呈する。それを考えれば、ハルの食事への無頓着ぶりは驚異的と言えた。この前など、どこの種族の文化なのかも知れない、紫色のスープに何かの眼球と思われる物体が浮いたものを平気な顔で食べていた。

「朝は食欲ないんですよ、俺」

ごのみしないわりに小食なハルは、差し出されたパンケーキを食べるのを渋った。

「そんなこと言ってるから、そんな華奢な身体なのよ? ただでさえヒト族はか弱いんだから、もっとえなさい」
「んー、そうですかね?」

多種多様な種族が住まうカーモスにおいて、ヒト族は間違いなく最弱だ。ちょっとしたことで怪我するし、病気にだってすぐかかる。

しかも弱いなら弱いなりに被害に遭わないようにするとか、巻き込まれてもすぐ逃げるとかすれば良いのに、ハルはそれすらしない。自分はいつ居なくなっても問題ないのだとばかりに呑気でいるのが常だった。

だからラウはハルを放っておけない。エルフであるラウは既に千年以上生きているが、自分以外の者をこんなにも気にかけるのは初めてのことだった。

「甘い……」

差し出されたパンケーキを、特に感慨もなく頬張ったハルが感想を零す。

「それは良かった」
「うん」

小憎たらしいくらい悠々としているハルに、ラウは少しだけ悔しくなる。異性の自分が手ずから食べさせてあげたというのに、微塵も照れた様子が窺えないのは、何だか負けた気分にさせられた。

何事にも万能なラウは負けるという経験をしたことがない。でもだからこそ、悔しいという感情は新鮮だった。エルフの国を出て、カーモスに来て良かったとしみじみ思った。

ぬしさま、こっちもどうぞ」
「ん。ありがとう」

ラウを真似た凪が、自らのパフェをひとすくい差し出していた。

それを逡巡しゅんじゅんなくぱくりと咥えるハルを見て、凪が嬉しそうに微笑む。

それを見たラウの心も和らいだ気がした。

凪がハルの側にいてくれるのは良いことだ。鬼族の凪は護衛として申し分ない戦力だし、ラウ以外の者と深く関わろうとしないハルにとっては、いい刺激になるに違いなかった。

「さてと。ハル、それに凪ちゃんも」

いっそうこの先が楽しみになってきたラウは、嬉しさを隠そうともしない笑みを浮かべた。

絶世の美貌を持つエルフの笑顔に、それを視界に捉えてしまった店員や客たちが見惚れている。しかし、向かいに座る当の二人は真っ直ぐにラウを見つめ返していた。

「今日はどんな面白いことをしようかしら?」

エルフの国にいた頃とは違い、カーモスでは退屈するということがない。

今日も今日とて、これから三人でどう過ごそうかと考えると、ラウはどうしようもないくらい、わくわくしてしまうのだった。

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