通い慣れた魔導住宅層へやってきた。
「今日はずいぶんと遠いなぁ」
目当ての部屋の魔導波長を探ると、入り口から随分と遠い位置にあるようだ。
高度な魔導によって空間を有効活用したこの住宅層は、刻一刻と部屋の位置が入り組んでいく。自室の位置は、それぞれ割り当てられた特有の魔導波長を辿ることでしか識別できない仕組みだ。
しかし、ラウが探り当てた部屋の主は一切魔力を感知できないヒト族の少年。
だからよく迷う。迷っては大家さんやご近所さんに案内を頼み、それが叶わないと、気まぐれにラウに助けを求めてくる。
何が悲しくて自宅で迷子になる知人を救出しなければならないのだろう。
自分のことでもないのに情けなくなってきて、小さくと息した。
ちなみに廊下のデザインも大家さんの気分次第で毎日変わる。
今日はやたらにレトロな雰囲気だ。金属製なのか木製なのかよくわからない材質のブロックを、壁や天井にはめ込んだ通路が延々と続いていた。
ランタンの淡い光に照らされた空間の雰囲気は悪くない。
途方に暮れていても始まらないので歩き出す。
向かう先は探索した部屋とは逆方向。まったくと呆れるラウ。
「いい加減、引っ越させるべきかなー」
迷路のような廊下を迷うことなく進んだ。
ポケットから蒼色の石を取り出す。指で摘まめる程の大きさで、透き通った蒼色をしている。
魔導通信石。ごつごつとした多面の形状は、一見素材のままに思えるが、実はこれで精緻な加工が施されている。
ラウが魔力を込めると魔導通信石が淡い光を湛えた。
「もうすぐ着くから、そこで大人しくしてなさいよ」
おもむろに話しかけると、僅かなノイズの向こうに彼の気配を感じる。
『いやぁ、すみませんねラウさん。今日に限って誰も通りかからないんですよ』
「あのね……。魔導住宅層で迷子になるのなんて貴方くらいのものよ」
『えー、でも魔力がない種族なら誰でも迷うと思いますよ?』
「魔力感知できない種は、そもそもこんなところに住もうと思わないって言ってるの!」
石の向こうで話す彼は思ったとおりのマイペースぶりだ。
まあ、今回は助けを求めてきただけ、まだましなのかもしれない。この前など、丸二日飲まず食わずで迷子になっていたくらいなのだ。
そのときに助けたのも、偶然に訪れたラウだった。かなりやつれた様子なのに、ラウの顔を見るなり、へにゃりと笑んで見せるものだから、腹立たしいやら保護欲を刺激されるやらで妙な気持ちにさせられた。
思い出したらまた不安になってきて、足早に進んだ。
「あ、こっちです」
しばらく進むと床に座り込んでいるハルがいた。
手にはラウと同じ魔導通信石。まったく同じ多面形でないと、この石は効力を発揮しない。器用なラウが自作してハルに渡した物だった。
「貴方の部屋、まったく逆方向よ」
「やっぱりですか。勘が外れましたね。運がない」
「運がないと帰宅できないような場所に住んでるのは、カーモス広しと言えどハルくらいでしょうね……。まあいいわ……行くよ」
ラウが踵を返えす。が、ハルは立ち上がろうとしない。
「どうしたの?」
「捻挫しました」
「……はい?」
視線を下ろすと、ハルが右のブーツを脱いでいることに気付いた。確かに右足首が赤紫色に腫れている。けっこう酷い。
ラウは思わず嘆息する。自宅で迷子になるどころか、こんな怪我を負うなんてどうかしている。
「仕方ないわね……治してあげる。特別よ?」
「遠慮しておきます」
「え? ……何で!?」
「だってラウさん、肉体強化以外の魔法を使わないのがポリシーなんでしょう?」
「基本的に、ね。緊急時はその限りではありません」
「今は緊急でもないので、やめておきましょう。俺のために自分を曲げるなんて勿体ないですよ。まあ、これまでラウさんには、何度も治癒魔法で助けてもらってるので偉そうなことは言えませんが」
「……」
へらっと笑って見せるハル。
ラウは捻挫などしたことがないから分からないが、きっと痛いに違いない。
それなのに、この少年は笑って見せる。
(……痛いときは、痛いって言うのが自然なのに)
それはあえて口にはしなかった。
「さてと。では道案内お願いしますね」
ブーツを片手に持ち、よっこらせとハルが立ち上がる。
どうやらそのまま片足で跳ねながら帰るつもりらしかった。
「負ぶるわ」
「へ? うわ……!」
ラウは問答無用でハルを背負って歩き出した。
「軽すぎよ……。ちゃんとご飯食べなさいよ?」
「死なない程度には食べてます」
「どうして生き死にを基準に考えちゃうかな……」
「あ、でも最近は食べないと凪が不安そうな顔するので、食べる量、増えたかもです」
「それは良いことね。そういえば凪ちゃんは?」
「部屋で待ってますよ? 迎えに来てもらおうか迷ったんですけど、凪はこの建物に慣れてないからやめときました。迷子にでもなったら大変だ」
「ハルがそれを言うかな……」
凪にも同じ魔導通信石を渡してあるから、ハルの言うとおり凪に助けを求めることもできたはずだ。
近くにいる凪の次に自分が頼られたというのは、悔しいが悪い気はしない。
「ラウさん、良い匂いしますね」
背中のハルがいきなり首筋に顔を寄せるものだから、思わずびくっとなってしまった。
「……ハル、それセクハラよ」
「そうですか。じゃあラウさんにしかしません」
聞きようによっては色んな意味に取れる発言も、ハルが口にした以上、他意はないのだろう。
今日何度目か分からない溜息を吐きながら、ラウは諦めたように歩みを進める。二人きりの廊下には、一人分の足音が心地良く響いていた。
〈おわり〉
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引用:wikipedia
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