【P.C.】従者の矜持は揺れ動く〈ハル・凪〉

窓の外で大きな爆音があった。

微睡みの中にいたハルは、地鳴りの余韻を耳と身体に感じている。瞼を開いて、むくりとベッドの上で起き上がった。

「今のは遠かったかな」

どうせまたどこかで誰かが喧嘩でもしているのだろう。あれだけの爆発だから魔法が使える種族なのかな、などと呑気な思考を巡らせながら、部屋のカーテンを開いた。

「ん。日は昇ってるね」

さすがに太陽も出ていないようなら二度寝するつもりだったが、幸いというべきかカーモスの街並みは綺麗な朝焼けに染まっている。

様々な種族と文化が入り混じるカーモスの街並みは、いつも通り混沌とした景観だ。でも今この瞬間は、一様に真っ赤に染まっていて、何だか均衡が取れているように思われた。

……朝焼けと夕焼けって、どっちが赤いんだろう」

独り言を呟いてみたハルだが、次の瞬間には興味を失ってしまっている。観察眼に長けて些細なことにも疑問を呈するくせに、それを探求しようという気概は持ち合わせていなかった。

のろのろと寝室を出て、リビングに入ると、いつからそうしていたのか同居人の凪が、姿勢良くちょこんとソファーに腰掛けていた。

「おはようございます、主さま。またどこかで騒動が起きているようです。くれぐれもご注意ください」

淡々とした声音と共にハルを出迎える。騒動というのは、先ほどの爆発のことだろう。

ハルは無言で頷きながら、何となしに凪の顔をぼぅと眺めた。

凪は不思議そうに見つめ返し、小首を傾げている。

凪。鬼族。230歳(外見年齢13歳)。そしてハルの従者。

部屋着のハルに対して、凪は鬼族特有の和装姿だ。金色をあしらった黒の袴に、朱色の羽織。燃えるように紅い羽織は、一見すると沈着な凪に合わないように思われるのだが、この少女がひとたび纏うと、見ている方が感心するくらいしっくりくるから不思議だった。

ちなみに羽織の下は、大胆に肌を露出する作りになっていて、ハルは以前、年頃の少女としていかがなものかと問うてみたのだが、当の本人が「何か問題あるでしょうか?」というていだったので、ハルもそういうものなのかと一人合点してしまっている。

最近はラウが不在で、ハルと凪の二人だと大抵はこんな具合に世間の常識とはズレていく。

「今日はどこか、おでかけになりますか?」

凪が訊ねた。起伏のない物言いのなかに、自分はいつでもお供できますという使命感が見える気がする。

現に、凪が腰掛けるすぐ隣には愛刀が立てかけられていて、今この瞬間、賊に襲われても対応できるだけの用意があるようだった。

「んー、ラウさんは秘境地区を散歩してくるって出て行ったきり1週間も音信不通だし、特に予定はないな。とりあえず向かいのカフェでコーヒーを飲んで……それから買い出しにでも行こうか。そろそろ食料の備蓄も尽きてきたし」

ハルの用事というと大抵はお騒がせなエルフの少女に巻き込まれてのものになる。そのエルフ、つまりはラウが現在行方知れずのため、ハルも最近は暇を持て余していた。

カーモスで1週間も行方不明となれば普通は心配になるものだが、ラウにいたっては不要といえた。何に付けても万能なラウの心配などするだけ徒労だし、ハルのみならず最近は凪もそう考えるようになってきたようで、この少女もさして心配した様子も見せないでいる。

「わかりました。それでは、お好きな時にお声がけください。お供しますので」
「ん。わかった。凪も朝ご飯、何が良いか考えて——

柔い微笑みを垣間見せてくれた凪の目元に、うっすらと隈があるのにハルは気付いた。そして咄嗟に言葉をつぐんだ。

「凪、いつから寝てないんだ?」

ハルが訊ねた。心配するようでもなく、かといって怒ったふうでもなかった。

果たして凪の両肩がびくりと震えたかと思うと、今度はみるみるうちにしゅんと縮こまってしまった。

ただでさえ小柄な少女がさらに小さく見えてしまって、なんだかこちらが悪いことをしたような気になる姿だ。

…………1週間くらい、です」

長い沈黙があったのは、誤魔化そうかどうか迷っていたのだろうか。でも結局、嘘を吐くことはできなかったようで、凪はぼそぼそと応えた。

「また、一人で寝ずの番?」

ハルとしては珍しく、意識した上での優しい声音だった。

それに安心したのか、今度はすぐさまこくりと頷いた凪。

「前も言ったけど、ずっとそんなに気を張っていたら身体こわすよ?」
「あの、鬼族の身体は頑丈なので、大丈夫です……!」

凪はハルの従者だ。当然、護衛も使命に含まれている。

特にヒト族であるハルは身体が弱いので、凪としては心配で仕方ないようだった。もし誰かに寝込みを襲われたり、先ほどのような外部の爆発に巻き込まれたりしたらと思うと気が気でないらしい。

それでも1週間もの間、一睡もしないというのはやり過ぎだ。本人も言うように、鬼族の身体は確かに丈夫だが、かといってまったく休息を必要としないわけではない。

「隈ができてる」

極めて自然な所作で、ハルは凪の目元に手を伸ばした。

ふいに伸ばされてきた主の手に、凪は驚きを隠せなかった。硬直したように身体が動かなくなってしまう。

気恥ずかしいというのもあるが、鬼族の膂力でうっかりハルに触れて、傷つけてしまうことを恐れているというのが一番の理由だった。

優しく触れてくる主に対して嫌とも言えないし、実際のところ嫌なわけではないので、結局一人で慌てふためくことしかできない。無防備に過ぎる主の行動は、凪にとって悩みの種でもあった。

「予定変更。今日は1日、家でだらだらしよう。凪はまず寝ること。いいね?」
「へ?」

黙り込んでしまった凪をどう捉えたのか、言い終えたハルはそそくさとキッチンに行って、自らコーヒーを淹れる準備をしている。

「あ、あの……? カフェに行って、買い出しに行く予定では……
「言っただろ。気が変わったから、やめた」
「でも、私のためになんて……

従者の都合で主が予定の変更を余儀なくされるなどあってはならないと、凪は必死の抵抗を試みるが、

「命令」

ぴしゃりとそう言われてしまえば返す言葉はない。

普段は絶対に命令なんて口にしないのに、こういう時だけ、これでもかというくらい直接的に主の特権を振りかざすのはずるいと凪は思う。

「命令ついでだ。ゆったりできる部屋着に着替えてきなよ?」
……はい」

諦めた心持ちで、与えられている部屋へ向かう凪の背中に、

「あ、凪もコーヒー飲む? ……って、眠れなくなるからだめだな。ホットミルクならどう? 蜂蜜たっぷりのやつ」

などと追い打ちをかけられてしまい、今度こそ従者たる矜持を叩き折られた気分になって、

……お願いしますッ!」

と半ばヤケになって普段出さないような大きな声を発してしまった。

はっとなって自室へ退散しながら、きょとんとした様子のハルが目に浮かぶようで申し訳ない気持ちになった。そのくせ、ハル手製のホットミルクを楽しみにしている自分にも気付いて、そんな自分を手ひどく叱ってやりたい気持ちに苛まれるのだった。

〈おわり〉

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