また『氷菓』のテーマが何だったのかについても考えさせられました。その答えはラストで奉太郎が姉に宛てた手紙の「姉貴は、俺が」という意味深な一文の続きを想像することにありました。[/voice] [aside type=”normal”]ご注意ください!
- 当記事は小説『氷菓』のネタバレを多分に含んだ内容となっています。まだ『氷菓』という作品に触れていない方は、ぜひ小説やアニメなどを先にご覧ください。
- 考察は僕の小説家としての勉強も兼ねていますが、単純な読み物としても楽しんでいただけるのではないのかと思います。
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世間の小説『氷菓』に対する評価・感想
氷菓の原作は小説ですが、他にもアニメ、漫画、そして実写映画が公開されています。
今回の考察は原作小説を主体としているので、まずはその評価や感想を調べてみました。
ネット上での良い評価・感想
- 読みやすい文章で、活字が苦手でも読むことができた。
- キャラの造形が細やか。個性がある。
- 語り部である奉太郎の独特の言い回しが面白い。
- 「人死にのない謎解き」が良い。
- テンポが良い。
- アニメを観た後でも楽しめる。
ネット上での悪い評価・感想
- 本格的な推理小説を期待してはいけない。どちらかといえば青春小説。
- キャラたちが高校生離れしすぎていて現実味がない。
- アニメの方が良い。
「評価・感想」を調べての個人的な感想
まあ当然ながら好みは分かれますよね。
全体的には高評価が多い印象でした。
アニメや漫画、映画にもなっていることからも『氷菓』に大きな市場価値があるのは間違いありません。
酷評を下した人に多かったのが「ライトノベル好きなら楽しめるのでしょうが・・・」ということです。
本格的なミステリー小説を期待して読んだ人は肩すかしをくらった気分になる模様ですね。
「キャラが高校生離れしすぎていて現実味がない」という意見もちらほらありましたが、個人的には「そこはほら・・・、小説なんだし」というのが本音です。
僕は古典部4人のキャラが立っていてすごく良いなと思いながら読んでいたので、そこを突っ込まれるのかという思いでした。
このあたりはラノベ作家志望の僕と、普段ラノベを読まない方々との認識の差もあるのかもしれません。
『氷菓』のストーリー構成を謎解きを中心に考察
僕の印象として、『氷菓』はすごく読み味が良かったです。
なんでしょう。割と暗めの話も多いのですが、終始飽きることなく読めた感じでした。
これはおそらく、「謎の提示→解決→次の謎」という展開を絶妙な配置で繰り返しているからと思います。
作中で読者に提示される謎が以下の5つです。
[aside type=”boader”]- 千反田の「一身上の都合」とは何か?
- 千反田はどのようにして「部室に閉じ込められた」のか?
- 「愛なき愛読書」の真相は?
- 千反田は叔父の話を聞いてなぜ泣いた?(氷菓の成り立ちは?)
- 氷菓のバックナンバーの在処は?
登場順に書いていますが、④がメインとなる一番の謎です。
この④の謎解きに至る過程で読者を飽きさせないよう、他の謎が上手く散りばめられていました。
以下の表に謎が提示されたページと、それが解決されたページを示します。(『氷菓』の本編は全214ページです)
千反田の「①一身上の都合」は「④氷菓について」ですので、これをストーリーの根幹として、他の小さな謎が散りばめられているのが分かります。
小さな謎は10〜30ページで解決しているので、読者は小説『氷菓』の半分辺りまでは小さな謎解きのカタルシスを体感しながら読み進めることができます。
そして残りの半分で、メインとなる「氷菓の謎」に腰を据えて読んでいくことになるわけです。
小さな謎はどれも、明かされれば自分でも気付けそうと思わされるものばかりだったのも巧いですね。
「氷菓の謎」にはそれなりの情報量が提示されますが、「次こそは自分で解いてやろう」と意気込んで読んだ読者も多いのではないでしょうか。
『氷菓』のキャラクター。その魅力をセリフに探す。
『氷菓』の主要登場人物は以下の4人です。
- 折木奉太郎(おれき ほうたろう)
- 千反田える(ちたんだ える)
- 福部里志(ふくべ さとし)
- 伊原摩耶花(いばら まやか)
高校生らしくないという評価もありましたが、実際その通りで高校生らしくありません。
全員思慮深い、というかそれぞれエッジの効いたキャラをしています。
この4人それぞれの性格から生まれる「ひと味違う」セリフ回しも氷菓の魅力といって過言ではないでしょう。
今回は、僕が読んでいてそれぞれの個性が出ていると感じたセリフを紹介したいと思います。
折木奉太郎のセリフ
「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に、だ」
角川文庫『氷菓』8ページ
省エネ主義を自称する奉太郎の代名詞とも言えるセリフ。
この省エネ主義を脅かすのが千反田えるの存在ですので、奉太郎と千反田はお互いにキャラを立たせ合っているとも言えそうです。
よく勘違いされるのだが、俺はなにかと比較して省エネが優れていると思っているわけではないので、活力ある連中を小馬鹿になどしてはいない。
角川文庫『氷菓』13ページ
「活力ある連中」は、今風に言う「リア充」としてもいいかもしれません。
別にリア充を馬鹿にしているわけではなくて、「自分は自分」と割り切った性格は個人的に好感が持てました。
ただ、後々「薔薇色が羨ましかったのかもしれない」という旨の発言も出てくる奉太郎。
その変化の是非は置いといて、『氷菓』という物語を通して奉太郎に問われるテーマにも成り得るセリフです。
「俺は、お前に対して責任を取れない」
「?」
「だからお前の頼みを引き受けるとは言わない。だが、その話を心に留めておいて、ヒントになるようなことを見掛けたら必ず報告しよう。その解釈に手間取るようならその時も手助けする」角川文庫『氷菓』84ページ(千反田との会話)
高1にして分をわきまえた性格の奉太郎は、無責任に頼みを引き受けはしませんでいた。
それでも自分にできることを考える頭と、なんだかんだと言いつつ悩みを断り切れない人の良さを兼ね備えているようです。
「お前らを見ていると、たまに落ち着かなくなる。俺は落ち着きたい。だがそれでも俺は、なにも面白いと思えない」
角川文庫『氷菓』179ページ
(「薔薇色が羨ましかったのか?」という里志の問いに対し)
「かもな」角川文庫『氷菓』179ページ
灰色をモットーとする奉太郎も、千反田と出会い、「氷菓」にまつわる事件を追っていく中で色々考えさせられているようです。
達観したようにみえてもまだ高校生。これからが変化の時のようですね。
千反田えるのセリフ
「わかりませんか。千反田です。千反田える、です」
角川文庫『氷菓』15ページ
奉太郎と出会ったときのセリフ。
奉太郎の名を知っていた千反田に対し、奉太郎は千反田と過去に会った覚えはありませんでした。
真相は「クラス合同の授業で、一度だけ同じ授業を受けていた」というもの。
記憶力に長けた千反田は覚えていたようですが、奉太郎は覚えていなかった(そもそもあまり他人に興味なさそうですから気にも留めてなさそう)というオチ。
頑なに名前を告げることで自分を思い出させようとするこのセリフも上手く千反田の性格を表しています。
千反田は決して気遣いの出来ない人物ではありません。
むしろ礼儀正しくて、他者を想いやろうとする性格です。
しかしながら、「自分にできることは相手もできて当然」と考えている節があり、どうやら「主観的にものごとも見る傾向」があるようですね。
「わたし、気になります」
角川文庫『氷菓』29ページ
千反田えるの代名詞。
奉太郎がいうところの好奇心の”猛獣”(失礼、”亡者”)。
このセリフが飛び出すときの奉太郎の描写が良いんですよね。
奉太郎は、好奇心に満ち満ちた千反田の瞳に弱いようです。この辺りはアニメでもこれでもかと魅力的に表現されていました。
「不毛です」
〈中略〉
「この放課後がです。目的なき日々は生産的じゃありません」角川文庫『氷菓』43ページ
お嬢様でありながら、さすがは農家の娘と思わされるセリフ。
一見おっとりしていて天然そうな千反田ですが、しかっりした一面も度々見せています。
「いえ、結果としての文集を目的にしていれば、それを目的に結果を作るという目的ができます」
〈中略〉
「ですから、結果を目的にすればそれを目的にして結果を作ろうとするでしょう?」角川文庫『氷菓』45ページ
言いたいことはなんとなく分かります。笑
奉太郎をして「トートロジー」と言わしめたセリフ。
(もしAならAである、みたいな意味合いです)
「わたしは、折木さん。過去を吹聴してまわる趣味はありません」
「……」
「こんなの、誰にでもする話じゃありません」角川文庫『氷菓』81ページ(奉太郎との会話)
天真爛漫な印象が先行しますが、繊細な一面もあります。
この思考ができるということは、他者を想いやるだけの素質も有しているのでしょう。
「折木さん、思い出しました。わたしは、生きたまま死ぬのが恐くて泣いたんです。……よかった、これでちゃんと伯父を送れます……」
角川文庫『氷菓』206ページ
「氷菓」の真相を知ったときのセリフ。
千反田の優しさと、感受性の深さを垣間見ることができます。
福部里志のセリフ
「ジョークは即興に限る、禍根を残せば嘘になる」
角川文庫『氷菓』24ページ
ジョークと嘘の境を知っている様子の里志。
正直、個人的にはこのキャラが一番掴み所がありません。
高校生の思考ではありませんよね。笑
「いや、ホータローも手伝ってよ。僕もできるだけのことはするけど、なといってもデータベースは結論を出せないからね」
角川文庫『氷菓』30ページ
「データベースは結論を出せないんだ」は里志の口癖なのでしょうか?
あくまで自分はサポート役と割り切っているのかもしれません。
この言葉を借りるなら「結論を出せるタイプ」の奉太郎は、正に主人公タイプのキャラと言えますね。
「僕が貶める時には、君は無色だって言うよ」
角川文庫『氷菓』134ページ
奉太郎と「薔薇色」について話しているシーンでのセリフ。
里志は奉太郎を「灰色」と称しましたが、それは決して奉太郎を揶揄したものではありませんでした。
里志は難関ことをよくのたまうのですが、これもまた印象的なセリフでした。
伊原摩耶花のセリフ
「あれ、折木じゃない。久しぶりね、会いたくなかったわ」
角川文庫『氷菓』49ページ
ひどい。笑
一応、挨拶は交わしているので礼儀は果たして・・・いるのでしょうか?
「ふくちゃん、わたしの気持ちを知っててよくそんな冗談が言えるわね」
角川文庫『氷菓』51ページ
好意を照れ隠そうともしないまっすぐな性格には好感が持てます。
里志に惚れる時点で、摩耶花もけっこうな変人かもしれません。
(里志の「ホータローは時々抜けてる」発言に対し)
「時々? ふくちゃん、過大評価じゃない?」角川文庫『氷菓』70ページ
最高に皮肉が効いていて思わず感心してしまったセリフ。
「うん、好き、っていうか。美しいわけじゃないけど……。凄みがあるのね。芸術じゃなくて、メディアだわ……」
角川文庫『氷菓』120ページ
知性の深さを垣間見ることのできるセリフです。
「芸術」と「メディア」。おそらく「メッセージの方向性」の違いを言っているのだと思います。
『氷菓』のテーマを考察。ラストで奉太郎が姉に宛てた手紙の「姉貴は、俺が」の続きは?
謎解きを絡めたストーリー展開や、魅力的なキャラクターたち。
これだけでも『氷菓』を面白い作品と位置づけることはできるでしょう。
しかし僕は今回、『氷菓』のテーマを考察してみて、この作品の更なる凄みを味わった思いがしました。
ずばりキーワードは「灰色と薔薇色」、そして「きっと十年後、この毎日のことを惜しまない。」です。
「灰色と薔薇色」については奉太郎と里志が何度か話題に出しています。
曰く、奉太郎は「灰色」。そして活力に溢れた高校生活を送る生徒たちは「薔薇色」。
序盤の会話を見ると、奉太郎は自分が「灰色」であることを恥じていないし、むしろモットーとして誇っているようにさえ見えます。
ところが「氷菓」を巡る事件を通し、奉太郎は「薔薇色が羨ましかったのかもしれない」という心境へ変化しています。
(「薔薇色が羨ましかったのか?」という里志の問いに対し)
「かもな」角川文庫『氷菓』179ページ
次に「きっと十年後、この毎日のことを惜しまない。」という一節は、奉太郎の姉が手紙で書いていた内容であり、これについては奉太郎も同意している様子。
「十年後、この毎日のことを惜しまない、かぁ。なんか、憂鬱にさせられるセンテンスね」
それには俺も同意するが、そこでもない。角川文庫『氷菓』95ページ
- 薔薇色を羨むようになった奉太郎
- 十年後、今を悔やまないか?
これらが『氷菓』という作品のテーマを形づくっているように思いました。
そして、それはラストで奉太郎が姉に宛てた手紙に現れています。
奉太郎が姉に宛てた手紙の要点をまとめると以下のようになります。
[aside type=”boader”]- 姉貴に聴きたいことがある。
- 古典部のことをどこまで知っていて、どいういうつもりで俺(奉太郎)を古典部に入れたのか?
- 姉貴は俺のスタイル(灰色を好む)のを知っていたはず。
- 古典部に入らなければ薔薇色を羨むことはなかった。
- 「氷菓事件」は薔薇色の人々によってもたらされた。
- 俺は一度薔薇色を羨ましいく感じたが、「氷菓事件」のようなこともあると思えば、灰色も悪くない。
そして以下の文に繋がります。
姉貴は、俺が
まさかね。
悪い冗談だ。それじゃまるで精神操作だ。さすがにそれはありえない。角川文庫『氷菓』213ページ
「姉貴は、俺が」。
奉太郎はこの先、何と続けようとしたのでしょうか?
僕の予想はこうです。
「姉貴は、俺が ”このままでは十年後に後悔することになると思ったんじゃないか?”」
奉太郎は「氷菓事件」を通し、一度は薔薇色を羨み、その上で灰色(自分のモットー)も悪くないという結論に至りました。
結果だけ見れば何も変わっていないように思えますが、実はこの差は大きいです。
仮に、奉太郎が薔薇色を羨むことなく高校生活を終えた場合、十年後に薔薇色の高校生活を送らなかったことを後悔する日が来たのかもしれません。
しかし実際は、古典部に入り、「氷菓事件」に触れたことで自分のモットーが悪くないと再確認することができました。
薔薇色のマイナス面を知った奉太郎は、きっと十年後も灰色を選んだ高校生の自分を後悔しないことでしょう。
奉太郎の姉はおそらく、世界を飛び回って充実した人生を送る中で「高校生になった変わり者の弟は、将来後悔しないだろうか?」と心配したのではないでしょうか。
だから古典部に入部させ、薔薇色に触れる機会を与えた。
世の中では、いわゆる「薔薇色」が推奨される傾向にありますが、「薔薇色」になることばかりに気をとられ、形骸化した人生を送れば「氷菓事件」のような悲劇も生みかねない。
だからもしかしたら、奉太郎くらいの「灰色」生活も悪くはないのだろうか?
『氷菓』で描かれたテーマはそのようなことだったのかと思われました。
まとめ
以上、氷菓の魅力やテーマについて考察してきました。
エンターテイメント性が高い印象ですが、その実、読み込んでいくと深い作品だと感じました。
みなさんもぜひ今一度『氷菓』を読んでみてください。
ちなみに僕は『氷菓』をオーディオブックでも聴いています。
奉太郎や千反田たちの軽快なやり取りや、奉太郎の独特な語りは何度聴いても良いものです。
シリーズ第一弾となる『氷菓』以降の作品もありますし、まだアニメ化されていない新作も聴けます。
『氷菓』(+後続のシリーズ)のオーディオブックはAmazonの『Audible』というサービスで聴けるので、興味のある方はぜひお試しください。
(『Audible』は無料体験があるので、登録して1ヶ月以内に退会すれば、無料で『氷菓』のオーディオブックを入手することができます。)↓
また、『氷菓』はアニメ化もされています。
アニメ版は絵も綺麗で雰囲気も最高なので、小説とはまた違った楽しみ方ができますよ。
アニメ『氷菓』は『U-NEXT』という動画配信サービスで全話視聴可能です。
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