先日発売(18.8.25)された『学校の屋上から君とあの歌を贈ろう』を読んだので感想です。
僕が青春時代に求めていたのは、きっと、こんな風に全力で、ぶつかりあえる仲間だった。(綾崎隼)
帯紙より
まさに青春といった表紙に目を惹かれて手に取り、綾崎先生のコメントを読んで購入を決めた次第でした。
綾崎先生の作品は『命の後で咲いた花』しか読んだことがないのですが、とても奥深くて良い作品だったので、その著者が薦めるならと思ったわけです。
ジャンルは高校生×部活音楽という青春真っ只中のチョイス。
それぞれの想いを抱える高校生たちが、バンド立ち上げ、そしてライブへと向かう熱い気持ちをぶつけていく物語となっています。
読みやすい文体に、軽快なストーリー展開、なにより等身大の高校生たちの熱量に胸打たれること必至の作品です。
こんな物語です
物語の始まりはボーイミーツガール。
放課後の校内を歩いていた稲葉恭一は、ある種異様な光景に出くわします。
駆けてくる一人の少女。整った顔立ちの少女は、なんとエレキギターを弾きながら走っています。
小型のアンプを通して響き渡るギターの音。加えて、”ダウナーなテンション” で少女は声を張り上げます。
「軽音楽部、部員募集中でーす。当方ギター、パートは何でもいいから求む」
ダウナーなテンションながらも声を張り上げ、少女はたったかたったか走っている。(9ページより)
「ダウナー」とは気分を落ち着けたり落ち込ませたりすることや、その気分そのもののこと。
ダウナーなテンションでこの奇行です。
少女の魅力を体現した登場といえるのではないでしょうか?
これだけ校内で騒げば当然とがめられます。少女の後ろには彼女の奇行を止めようとする教師や生徒たちの姿が。
しかし少女は走り続け、終いにはなんと窓から飛び降りてしまいます。2階の窓からです。
躊躇なくとんでもないことをした少女は華麗に着地し、何事もなかったように部活勧誘を続けながら走り去っていきました。
少女の名は「春夏秋冬ちとせ」。
”春夏秋冬” で”ひととせ” と読むようです。(入力変換してみたところ”ひととせ” は”1年” のことのよう。1年→四季→春夏秋冬、というわけですね)
翌日の放課後、恭一とちとせは教師に呼び出しをくらいます。
ちとせが呼び出されたのは、言わずもがな度の超えた部活勧誘が原因。
一方、恭一はというと何度注意されても改めようとしないその髪型を咎められています。
恭一の髪型は、一際目を引くドレッドヘアー。
髪型以外は特別問題を起こさない恭一ですが、ドレッドヘアーだけはやめようとしません。
実はそれにはある理由があって……。
恭一とちとせ。ふたりの問題児は”罰の奉仕活動” としてグラウンドの草むしりを言い渡されます。
問題児どうし仲良く、とはいかないふたりですが、恭一の手にドラマー特有のマメがあることを見抜いたちとせは恭一を軽音部に誘います。
ちとせの夢は軽音楽部でバンドを組んで、文化祭でライブを行うことなんだそう。
しかし恭一はそれをキッパリ断ります。
実は恭一にはバンドに関するトラウマがあり、ドレッドヘアーはその象徴のようです。
それでも恭一を入部させることに自信を見せるちとせ。
果たして、ちとせは夢を実現できるのでしょうか? そして恭一はトラウマを乗り越えることができるのでしょうか?
とにかく音楽にひたむきで、文化祭ライブへの憧れをつらぬく”ちとせ”。
不良風の見てくれのくせに根はまじめで、本当はドラム演奏が大好きな”恭一”。
他にも、恭一の過去を知る”幼馴染みの美人ベーシスト”や、優等生な少女ながら真面目で律儀すぎるゆえに音楽に打ち込めない”先輩キーボーディスト”など、魅力的な登場人物たちが物語に関わっていきます。
読み味は爽快。かといって決して綺麗事ばかりではない。
青春とはまっすぐに恥ずかしく、なにより熱く奮えるもの。
『きっと、あなたも好きになる』
帯紙の謳い文句に偽りなしの一作です!
読んで欲しい人と、そうでない人
本作の魅力は何といってもその青春ぶりです。
音楽や部活を通して、少年少女が体当たりでぶつかっていく姿は読んでいて気分のいいものでした。
読み味もよく、いい意味でライトノベルしています。(メディアワークス文庫はライトノベルという括りになるのでしょうか?)
かといって物語として軽すぎるかというと、決してそんなことはありません。
恭一は過去にバンドに関するトラウマを味わっていますし、キーボードを担当することになる少女も彼女なりの葛藤を抱えて問題に直面することになります。
しかし秀逸なのはそのバランスです。
物語に深みをもたらす要素は確実に残しつつも、鬱になるような展開は長続きせず、問題は着々と解消されていきます。
問題解決の兆候もちゃんと見て取れ、何より後味良く話が進んでいくのもグッドです。
ということで次のような人にはぜひ読んでいただきたい作品です。
こんな人にオススメ
- 熱い青春を感じたい人。
- 小難しい文体が苦手な人。(本作は三人称文体ですが、多分に一人称の視点を取り入れているため感情移入しやすいです。また、会話文も多すぎず、地の文は短文を多用しているためとても読みやすいです)
- 深く考えず、物語に没頭して楽しみたい人。
- 音楽・バンドという題材をライトに楽しみたい人。
逆に次のような人には向かないかもしれません。(とはいえ、読まず嫌いはもったいない作品です)
こんな人にはイマイチかも
- 凝ったストーリー展開を求める人。
- 専門的な音楽要素を求める人。(本作は音楽を題材にした青春小説といった感じです。演奏やライブの描写は秀逸ですが、音楽そのものに深く踏み込んだ作品ではありません)
- 表紙絵は恭一とちとせが並んで座っているイラストですが、この二人だけにスポットを当てた物語ではありません。二人を交えた軽音部の物語です。
- そんなわけで、恋愛要素を強く求める人には向かないかも。
小説家志望者の感想(以降ネタバレにご注意下さい)
ここからは小説家志望である私の感想を述べていこうと思います。
ネタバレを含む可能性がありますので、未読の方はご注意下さい!
感想
まず思ったのが「青春だなぁ」ってことでした。
私は書き手側の視点で小説を読んでしまうことが多いため、こういう読者視点の感想が真っ先に浮かぶのはけっこうレアです。
どうして本作を読者寄りの視点で読めたのか考えてみたのですが、一番大きかったのは物語に入り込みやすい小説であったことだと思い至りました。
私の場合、捻った言い回しや展開が多すぎると考察モードに入ってしまいがちなのですが、今回はそれが少なかったです。
もちろん、「さすがプロだなぁ」と尊敬の念を抱かざるを得ない文章力やストーリーではあるのですが、変に凝りすぎていないんですよね。
文章は短文を多用しているからスラスラ頭に入ってくるし、ストーリーも適度な葛藤を交えつつもトントン進んでいくのでストレスが少ない。
文章やプロットが上手いというよりは、読者の感情を揺する文体や、簡潔なプロットを魅力的に見せる手腕が素晴らしいと感じました。
私はどちらかというと小手先に頼ったり、プロットをこねくり回すきらいがあるので大いに見習いたいものです。
魅力的たらしめている要素
1.ちとせの特技
ちとせは生演奏を聴くと演者の心情をかなり正確に読み取れるという特技を持っています。
この特技が度々登場するのですが、演奏という見せ場→相手の心情をちとせが知る→物語が動くor伏線に繋げるという形ができあがっているため、物語の進行にはありがたい能力といえます。
2.高校生同士のやりとり
主要となる人物同士のやりとりが微笑ましく、そして面白いのも魅力でした。
お互いにあだ名を付け合ったり(いろんな意味でぶっとんだあだ名も登場します)、勉強会をしたり、教師とのやりとりもあったり。
先ほど話したように変に凝っていない面でも、等身大の高校生を描くことに成功しています。
私が同じような話を書いたら、おそらくもっと捻くれた面倒なキャラクター構造になってしまうと思います。
自分の体験したことがないことや、現実には存在しないことを創造できるのが小説の強みでもあるのですが、その上でリアリティも大事だと思わされました。
んー、私は高校生の頃のことなど細かく覚えていませんし、そもそもこんな熱い青春は送ってきませんでしたからね。
道草先生が体験を踏まえて書いているのか、想像で書いているのかは分かりませんが、これくらいできないとプロにはなれないのですね。プロの壁は分厚そうです。
3.あとがきを読んで
本作のあとがきでは、物語のきっかけとなったことや、タイトルの秘話などが語られています。
そのなかで、この物語の根底には高校野球があると道草先生は話しておられました。
夏の高校野球中継を見て、一度負けたら終わりだからこそあそこまでの熱量を生むことができると感じたそうです。
高校野球に限ったことではありませんが、時間は取り戻せません。そこに必死さが生まれ、もしかしたら虚しさのようなものも感じていて、だからこそじっとしていられなくなる。
何かに打ち込んでいる人の持つ熱みたいなものを書きたくて、この作品はこうなったのかもしれません。
(あとがきより)
”かもしれません” という部分が印象的です。
例え明確に言語化できていなくても、こういった想いを根底に置くことが魅力的な作品作りに繋がるのだと学ばせてもらいました。
4.音楽というジャンル選択
音楽っていいですよね。
私は楽器を演奏できませんが、贔屓のバンドの曲は暇さえあれば聴いています。
音楽は、沢山の読者の興味を引ける一方で、書く側からすれば難しいジャンルでもあると思います。
音を文字で表現するのは至難の技ですし、それこそ知識がなければ楽器や演奏に関してリアリティのある描写はできません。
本作は専門的な音楽へのアプローチというよりは、音楽の持つ、感情を揺さぶる力を巧みに物語に取り入れることを目的としているようです。
私も音楽ものや、あとは料理人の話とかも書いてみたいと思うのですが、やはりなかなかハードルが高いものです。
本作は音楽というジャンルの魅力を上手く活用しているという点で大いに尊敬できます。
おわりに
ということで今回は『学校の屋上から君とあの歌を贈ろう』の感想を書かせていただきました。
自分もこんな青春を送りたかったと思わされる一作です。
みなさんもぜひご一読ください。