第13回電撃小説大賞《大賞》を受賞した『ミミズクと夜の王』。
僕は未読だったのですが、15年のときを経て「完全版」としてリニューアルされたと知り、今回読んでみました。
この名作をなぜもっと早く読んでおかなかった……!
そんな気持ちにさせられる作品でした。
前半はネタバレ無しで、感想とともにあらすじをご紹介します。
後半は小説家視点で、ネタバレ有りの感想を書いていきますね。
『ミミズクと夜の王(完全版)』のあらすじ&感想をネタバレ無しでご紹介します!
『ミミズクと夜の王(完全版)』のネタバレ無しあらすじ①:
主人公は少女・ミミズクは、夜の森で美しい魔物の王と出会う
物語の主人公は少女・ミミズクです。
読み出す前はミミズクは鳥の名前だと思っていたのですが、どうやら読者にそう思わせるミスリードだったようです。
ちなみに鳥の「ミミズク」はこちら▼
なんとも気高く美しい印象ですねぇ。
序盤は「ミミズク=人間の少女」という情報を読者に確信させない作者の意図があるように感じたので、これをネタバレ無しの感想で書くのか迷いましたが、文庫本の背表紙に明記してあったので書いてしまいますね。
というか、そうしないとあらすじが書けないですし。
そしてもう一人、この物語の主人公とも呼べるのが、タイトルにもある「夜の王」。
彼は魔物が住まう森の王で、見た目は人間のようですが妖艶な美しさをしています。
(完全版として発売された文庫本表紙に描かれているのが「夜の王」です▼)
少女・ミミズク。
そして、魔物・夜の王。
この二人が出会うところから物語は始まります。
『ミミズクと夜の王(完全版)』のネタバレ無しあらすじ②:
ミミズクが夜の王に願ったことは?
プロローグでは、ミミズクと夜の王の出会いが情感たっぷりに描かれます。
ミミズクは、夜の王にとあるお願いをします。
「ねーねー綺麗なおにぃさあん」
ミミズクは出来るだけ大きな声で言った。
「あたしのこと、食べてくれませんかぁ…………!?」紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)より
自らを食べて欲しいと言う少女……。
そんな願いに対して、夜の王はというと。
「去れ、人間。私は人間を好まぬ」
好まぬ。キライ。人間が。気が合う。ミミズクも、人の形をしたモノが嫌いだった。紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)より
魔物。しかもその王である夜の王ですが、どうやら人を食らうつもりはないようです。
そして、ミミズクは夜の王と「気が合う」と考えている様子。
お互いに訳ありそうな二人の出会いは、はたしてどのような物語を紡いでいくのでしょうか?
『ミミズクと夜の王(完全版)』のネタバレ無し感想
読了後、余韻に浸りながら以下のツイートをしました。
読了しました。
序盤は興味を惹かれて、
中盤から終盤にかけては久々に読書に没入する体験をして、
読了後は余韻がスゴかった。童話風味で読みやすいし、あらゆる人へオススメしたい作品。
これはブログで感想記事を書こうと思います!https://t.co/Y4sHtOjIDp
— 葛史エン(くずみ えん) (@en_kuzumi) August 13, 2022
童話風の物語で、あまり人を選ばない小説です。
そして一貫して「優しい物語」の印象です。
一部に残酷な描写もありますが、それもこの物語に絶対必要な要素となっていました。
あっと言わせるような捻ったストーリーではありません。
しかし、読者を魅了して惹きつける力を持っています。
僕もオチは予想できているのに、気付いたら物語に没入してしまって、ページをめくる手が止められませんでした。
とりわけ中盤以降の展開が秀逸。
感情移入せずにはいられないはずです。
……なんだか、具体的な感想が書けていなくて恐縮ですが、この作品はぜひとも先入観なしで楽しんでいただきたいところです。
すごくオススメな作品ですので、ぜひとも手に取ってみて下さいね!
小説書き視点『ミミズクと夜の王(完全版)』のここを見習いたい……!(ネタバレ有りです)
※画像はイメージです。
ここからは小説を書く人が『ミミズクと夜の王(完全版)』から何を学ぶべきなのかを、僕なりにお伝えしていこうと思います!
※この先はネタバレを含む内容となっています。未読の人はご注意ください!
①『ミミズクと夜の王(完全版)』に学ぶ「読みやすく情感豊かな文体」
『ミミズクと夜の王(完全版)』の文体は大半が「ミミズク視点の三人称」です。
’(ミミズクが登場しないシーンでは、他の登場人物の三人称)
ポイントは2つと感じました。
- 読みやすさ重視。かつ童話を思わせる世界観を彩る描写力。
一文を長くし過ぎず、かつ印象的な表現で書かれているので、それが童話風の世界観にぴったりでした。 - ミミズクのモノローグを効果的に使っている。
文体はミミズク視点での三人称ですが、随所にミミズクのモノローグが書かれていて、それがすごく効果的でした。ミミズクの独特な感性を表現しているんです。
①と②それぞれの具体例を挙げておきますね。
以下は①に関する引用です。
一文目は比較的長く書かれていますが、読みづらさは微塵もありません。
ミミズクの行動を淡々と書いているようでありながら、「冷たさ」や「ひどく澄んでいる」という情報も入っていて、読者に美しい情景を想起させますし、ミミズクの姿が目に浮かぶようです。
こういう文体が、童話風の世界観にとても合っているのだと感じますね。
ミミズクは身体を左右に揺らしながら歩いていたが、川辺に歩み寄ると突然、しゃがみ込んで川の水に手を入れた。流れる水の冷たさを感じながら、何度も何度も擦るように手を洗った。鬱々としたこの森を流れる水脈はけれど、ひどく透明で澄んでいた。そしてミミズクは何の前振りもなしに、顔を川の水につける。
紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)より
つづいて②の「ミミズクのモノローグ」に関する具体例は以下です。
一文目で意味は通じます。
その上で「それは、だって、そうだろう」という、いかにも話し言葉のようなミミズクのモノローグを添えることで、ミミズクの存在と感性をより印象づけています。
そうだろう、とミミズクは思った。それは、だって、そうだろう。
紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)より
②『ミミズクと夜の王(完全版)』に学ぶ「いきいきとした会話文」
『ミミズクと夜の王(完全版)』の会話文は、すごく自然でテンポもあり、キャラの特徴もよく現れています。
「何をしている?」
「やっぱもうちょっと寝るー。寝たら怒るー?」
「別にワタシは怒らぬが……」
魔物はそう言って、ミミズクの目の前に降り立った。
「おぬし、変だぞ」
「変ー? いや、あたし変かもだけど、だから、ぬしとかお前ちがくて、ミミズクなのよー」
「ミミズク。夜の鳥の名だ」
「うん、そう」
「良い名だ」
言われてミミズクは照れて、「きゃー」とくすくす笑った。こんなに幸せな気分が今まであっただろうかと思う。紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)より
短い発言や相づちも恐れることなく使っていて、すごく自然なんですよね。
ミミズクの言葉遣いにも個性が出ています。
個人的な話にはなりますが、僕が書く小説の会話文はすごく説明的すぎるというか、悪い意味で作者の存在が見える感じなので、『ミミズクと夜の王(完全版)』のような会話文が書けるようにしていきたいものです。
③『ミミズクと夜の王(完全版)』に学ぶ「主人公が成長する過程と見せ方」
ストーリーづくりにおいて、主人公の成長を書くのは基本中の基本です。
『ミミズクと夜の王(完全版)』では、主人公の少女・ミミズクの成長が巧みに書かれていました。
以下の引用文のように序盤のミミズクは感情が欠如した笑いばかり浮かべていて、話し方にも人格の破綻が垣間見えます。
条件反射のように、にへら、とミミズクの口元は弛緩して、笑いが漏れた。
「人ちがうー。あたしミミズク—」紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)8ページより
「人の娘、喰われたいのか」
「たいーたいーすごくたいー。ってかあたし人の娘ちゃうーミーミーズーク—」
ガチャガチャと両腕両足についた鎖を鳴らしながら、駄々をこねるようにミミズクは言った。紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)10ページより
しかし、そんなミミズクが『ミミズクと夜の王(完全版)』のストーリーを経た終盤では……。
フクロウの長い爪を持つ指先が、ミミズクの頬をつたう涙をぬぐう。
「お前は、泣かないものだと思っていた」
「泣き方を覚えたの」
そうして、涙ながらに、頬を持ち上げた。
「笑い方も覚えたわ。こんなにも人間らしくなってしまった、あたしは嫌?」紅玉いづき『ミミズクと夜の王 完全版』(メディアワークス文庫)235ページより
このやり取りだけでも、以下の成長が見て取れます。
- 現実から目を背けるように笑ってばかりだった
⇒泣くことを覚えた - 話し方が幼く見える
⇒しっかりとした言葉遣いで意志も感じられる - 自分を人間ではなくミミズクと言っていた
⇒人間らしくなったと自覚している
もちろんこの成長は、このシーンで突然言及されたものではなく、ストーリーを通して徐々に変遷しています。
なので多くの読者は納得し、感動してしまうはずです。
ミミズクに共感させて読者をストーリーに没入させる。
その上で、ミミズクの成長を感動的なシーンで書く。
↑このあたりが見事の一言に尽きるので、小説を書く人はぜひ注目してみてください。
おわりに:美しく優しい物語『ミミズクと夜の王(完全版)』。おすすめです。
名作と知りながら、これまで読んでいなかったことが悔やまれる名作でした。
決して凝ったプロットではないのに、どんどん物語に引き込まれていく感じがして、作家としての勉強とか以前に、いち読者として純粋に楽しむことができました。
未読の方はもちろん、昔に読んだきりだという人にも今一度おすすめしたい作品です!