『浅草鬼嫁日記』感想(富士見L文庫/友麻碧)

『浅草鬼嫁日記』を読んだので感想です。

友麻碧2016『浅草鬼嫁日記 あやかし夫婦は今世こそ幸せになりたい。」富士見L文庫

あらすじ

本作でまず目を惹かれるのはその設定ではないでしょうか?

主人公となるのは女子高生の茨木真紀。浅草に住み、食べることの大好きな女の子。特に浅草のグルメを好み、延いては浅草そのものを愛しています。

そしてもうひとりの主人公と言って良いでしょう。真紀の同級生で幼馴染みでもある少年、天酒馨。

竹を割ったような性格の真紀は女子高生としての品格にはいささか欠けますが、美人でとても思いやりのある女の子です。幼馴染みである馨とは一緒にいることが多く、半ば強引にグルメを奢ってもらったりと我が儘な部分もあるのですが、ひとたび馨の様子がおかしいと気付くや甲斐甲斐しく世話するような一面も見せます。

一方の馨は学校随一のイケメンと称されながら、本人はそんなことに一切興味が無く、真紀の面倒を見ることやバイトに精を出します。そのバイト代もほぼ真紀のために使う従順ぶりです。とはいえ真紀に言われるがままというわけでなく、猪突猛進な真紀に、心配するが故の悪態をつく毎日です。

この二人、冒頭からしてずっと気の置けない距離にいます。作品を通して、長年連れ添った夫婦の漫才のような会話を繰り広げるのですが、それもそのはず。この二人は前世で夫婦だったのです。それもただの夫婦ではありません。平安時代に名を馳せた”茨木童子” と”酒呑童子”という名の大妖怪の夫婦でした。

妖怪である前世の記憶を残したまま人間として生まれたふたりは、同級生で、幼馴染みで、元夫婦という間柄になります。

人間に生まれたとはいえ、幸か不幸か妖怪だった頃の強大な力を有したままのふたりは、自然と現世の妖怪と関わっていくことになります。困っている妖怪を放っておけない性格の真紀に対し、そんな真紀が心配で気が気でない馨は真紀が妖怪の問題に首を突っ込んでいくのを良く思っていません。

妖怪助けを続ける真紀と、結局はそれを手伝ってしまう馨。ここにもうひとり、前世が鵺という大妖怪だった継見由理彦という少年を加えた三人を主軸にして物語は展開されます。

文体は主に真紀の一人称ですが、馨の一人称や、必要とあらば他の登場人物の一人称も登場します。

一般的に視点はあまり変えない方が良いとされますが、本作はそのあたりのバランスも良く、読んでいて違和感はありませんでした。やはり主人公だけの視点ではストーリーの展開が困難になることもありますから、この辺りのバランス感覚は重要ですね。

プロットとしては、様々なあやかしが真紀を頼って相談に来て、真紀がそれに対応していく話を短編で何本か続けるという形を取っています。しかし、それぞれの話が完全に独立しているのではなく、少しずつ謎を明らかにしたり(真紀や馨の前世の話など)、さりげなく伏線を貼っておいたりしています。

正直に申し上げるとクライマックスとなる話では、少しインパクトが不足しておりこぢんまり収まったなという感想を抱きました。とはいえ、この小説の売りはそこではないのでしょう。

現世では高校生なのに、前世は妖怪で、さらには夫婦で。そういった設定を生かした細やかな心情を描くことで、ふたりの絆が上手く表現されています。

シリアスな話もあるものの、それは重すぎるものではなく物語に適度なスパイスを与えます。基本的にはふたりのやりとりや、人情(妖怪情?)に頬を緩めながら楽しむことの出来る作品です。

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みなさまもぜひ読んでみて下さい。

それでは私がワナビ視点で今回学ばせてもらった事をお話していこうと思います。

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元大妖怪で、元夫婦という設定

本作の面白さはすべてこの設定によって生み出されているのではないでしょうか?

生まれ変わりや、流行の異世界転生や転移。この設定がもたらす利点は何でしょう。

やはり一番はギャップを楽しめるということですよね。異世界転生や転移ものは、読者となる私たちと同じ感性をもった登場人物が、まったく異なる世界に行って見聞きするのですから、共感を得ながら物語を展開できます。これは完全な異世界を描くハイファンタジーの世界観と、現実とファンタジー世界を織り交ぜたローファンタジーの共感力との両方からいいとこ取りしていることになります。

そのようなギャップを生み出すという点において本作は秀逸です。なぜなら本作でのギャップは2点あるからです。

まず、平安時代と現世という時間的ギャップ。そして妖怪から人間へ生まれ変わるという生まれのギャップです。人間であるのに妖怪の力を持っているという設定は、人間的な心情の弱さと、妖怪という物理的な力の強さを併せ持つといういうアンバランスさを生み出しております。

本作はどちらかといえば、時間的ギャップよりも、元妖怪で現人間という設定の方を活用しているように思います。2巻以降、どちらのギャップもさらに有効活用してくるようであれば、いっそう面白い物語が読めるのではないかと期待しています。

真紀と馨の関係が心地よい

真紀と馨の関係は冒頭からすでにレベルMAXのようなものです。

通常登場人物の関係は物語を通して深められていく作品が多い中、本作は第三者にふたりの絆を見せつけて、再確認していくことに物語の魅力を感じさせます。

文字通り長年連れ添ったふたり。でも今はふたりとも高校生。そういう立場で繰り広げられる仲の良さに、私は頬が緩み放しでした。

「ん? あんた私の為に戦うの?」
「何だその疑問系! あーあー、これだから自分の身を自分で守り尽くせる鬼嫁は!」
照れ隠しなのか、本気で呆れているのか……
馨は顔を片手で覆って、絶望感たっぷりの唸り声を出している。
「あ。さてはお前! 俺が久々に刀振るうからって、負けるかもとか思ってるんだろ?」
「そんな事無いわよ! かつてのあんたはほんと強かったから……でもほら、ブランクってあるじゃない?」
「お前〜〜〜っ、元旦那を信用できないのか!」
「元旦那っていなんか離婚したみたいな言い方やだーっ」
「いや、今そんな話をしているわけじゃなくてだな」
「うん。ちゃんと信じてるわよ。負けたら承知しないわよって、そういう話」
「…………あ、はい」
ええ、はい。恒例の私と夫婦漫才終わりました。お騒がせしました。

(296ページより)

散々夫婦漫才と言われ続け、ついには本人も認めております。

このようなやりとりが物語を通して行われることになります。

おわりに

やはり魅力的な設定は大事だよなー、と思わされました。設定の如何でストーリーやプロットも変わってきますし、設定ありきの心情表現はほんとうに魅力的なんですよね。

思えば私の考える物語はどれも主要キャラの出会いから始まります。気心知れた人たちの話も考えてみようかなとか、出会いを描くにしても、もっとそれぞれの過去を大事にしなければいけないなとか、いろいろ考えさせられた一作でした。

それでは末尾には本作で印象に残ったシーンを載せさせていただきます。未読の方は是非とも一読いただいてからご覧下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だけど真紀は、しきりに「大丈夫」と繰り返す。
「私はあんたの”妻”  だもの。夫婦は、支え合うものなのよ」
「まだ夫婦でも何でもな……」
「大丈夫よ! あんたは私が、どこへだって連れて行ってあげるわ」
「…………」
魅入ってしまったのは……
言葉を失ってしまったのは、大輪の花のように華やかな真紀の笑顔が、ずっとずっと前から変わらないものだったから。
それは、瞬きのうちに重なって消える、千年も昔の”妻” の笑顔である。

『……どこへだって、連れて行ってやる』

かつてこんな言葉を言って、捕われの姫に手を伸ばし、牢から攫った鬼がいた。
同じ言葉を、今度はお前が、俺に言うのか。
いつもはうるさいとか、まだ結婚していないだろとか言って取り合わない”妻” ぶった言葉も、今ばかりは救いだ。流石に真紀に担がれて学校へ連れて行かれるのは最悪だが、彼女の愛情は、いつもながらダイレクトに伝わってくる。
それがまた、忘れがたい前世と、我が家の影との対比となって、より眩しく、美しく、愛おしいものに思え、俺とした事が少しぐっときてしまった。
そうだ。俺にはもう、大事なものと言えばそれしかない。
だけど、それだけは確かにここにあるのだ。

(261, 262ページより)

羨望を覚えるほどの愛情と絆。そしてまっすぐな想い。

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