電撃文庫の『できそこないのフェアリーテイル』を読んだので感想です。
藻野多摩夫2018『できそこないのフェアリーテイル』電撃文庫
あらすじ
まずタイトルにある「フェアリーテイル」がひとつのキーワードになります。
直訳は「おとぎ話」ですが、本作では妖精(フェアリー)と対話することを生業とする人のことを指します。
–フェアリーテイル。妖精語り、とも呼ぶ。一言で言うなら妖精とお喋りをするのが仕事という人々のこと。古くはケルト文化のドルイド僧に端を発すると、本で読んだことがある。
「フェアリーテイルの仕事は、妖精と人との間を取り持つことなの。妖精と人間が喧嘩をしないように。だから大事な仕事なの! 誰かから笑われるような仕事じゃないんだから!」(28ページより)
本書からの引用です。
地の文は主人公となる少年ウィルの視点(神視点の三人称)、会話文はヒロインの少女ビビのものです。
引用部でビビはフェアリーテイルを擁護する発言をしていますが、これには理由があります。
まず妖精が特定の人にしか見えないということで、フェアリーテイルという職業が胡散くさいものと思われがちということ。
さらに、本作の世界観は、次々と工場が建てられたり蒸気機関車が走ったりといった、産業革命時代のイギリスがベースとなっています。技術の発展により、多くの人にとって、妖精はますます非科学的な存在となり、フェアリーテイルも権威を失っていっているわけです。
しかし妖精は確かに存在します。そして妖精の特徴として真っ先に挙げられるのが、妖精は人間のものを盗むということです。物に限らず、目に見えないものなど何でも盗むのですが、これが物語を面白くする肝になっています。
本作のはじまりとなるのはウィルの住むベン・ネヴィスという小さな街です。この街は妖精に春を盗まれたがために常冬となってしまっているのです。
ある日、街を訪れた駆け出しのフェアリーテイルであるビビは、精霊の見える元天才戯曲作家のウィルと出会い、二人は協力して妖精から春を取り戻そうと試みます。
本書の帯の煽りは『灰色の街で少女と出逢ったーー。』(帯紙より)。
嘘偽りなく、上質なボーイミーツガールを味わうことのできる作品です。
本作の注目点
私が本作品で特に注目していただきたいと思うのは以下の3点です。
- ウィルもビビも過去に大事なものをそれぞれ盗まれています。それらを取り戻すために二人は旅に出るのですが、当然一筋縄にはいきません。二人が盗まれたものとは? 盗まれたものは二人にとってどういう存在だったのか? 二人は盗まれたものをそれぞれ取り返せるのか? といった点に注目して物語を読み進めて頂けたらと思います。
- 少年ウィルと少女ビビのボーイミーツガールにもご期待下さい。様々な妖精の事件を解決していく過程で、二人は仲を深めていきます。そしてこれはビビが”盗まれたもの”にも大きく関係してくるのですが、二人の深めていく関係の形にも注目です。
- 交換日記にご注目下さい。物語を通してウィルとビビは交換日記を行うのですが、本作では随所にその文面がそのまま載せられます。これが二人の関係や変化を体現していたり、なにより本心を晒すという日記本来の特性を生かして、物語の鍵となっていきます。
本作は会話文のみに頼らず、表現豊かな地の文で世界や感情を描いています。笑いあり、感動ありの作品ですので、興味のある方はぜひご一読いただけたらと思います。
以降はワナビ視点での私的な学習ポイントや考察等を綴っていこうと思います。ネタバレやそれに通じることも書かれていますので、未読の方はご注意下さるようお願いします。
ワナビ的学習と考察
人のものを盗むという設定が素晴らしい
概要でも述べたように、妖精は人のものを盗みます。
ここでいう”もの”とは人の感情や記憶といったものも含んでいて、これが物語を面白くするんですよね。
キャラクター創作の際に、何かを加える、あるいは欠如させることで独自の特性をつくるというのは常套手段ですが、妖精の設定を使えばこれが自由自在です。
例えば何らかの感情を作中で盗ませれば、盗ませる前のキャラクターの性格との対比で失った感情をより表現することができます。
作中ではなく冒頭から盗まれた状態の場合も効果的です。盗まれたという事実だけを予め述べておけば、読者は失う前のキャラクターの姿を想像しながら読み進めることになるからです。読者に何かを想像させるということは好奇心を持ってもらうことと同義だと思いますので、より物語を楽しんでもらえるのではないでしょうか?
実際に妖精が人のものを盗むといった伝承があるのかは、不勉強な私にはわかりませんが、この設定を活かしている点が大いに勉強になります。
なぜ三人称という疑問
本作品の文体は一人称の視点交じりの神の視点(三人称)です。
表現力豊かで読んでいて飽きない文体ですので、私的にはとても勉強になったのですが、この物語をより生かすには一人称の方が適しているのでは? と感じました。
少々ネタバレになりますが、ウィルとビビはそれぞれとある才能と感情を盗まれています。
これらは人格形成に重要なものであり、欠如していればモノローグ(独白)にも影響が出るはずです。それを最大限表現するには心の声をダイレクトに描ける一人称の方が適しているように思えます。
もちろん一人称には欠点もあります。読みやすさを考えると視点をころころ切り替えるわけにはいきませんし、語り部のいない場面を描くことができません。これはプロット制作において枷になるので、そういった理由もあったのかもしれませんが、私的にはこの素晴らしい物語をウィルとビビの視点で体験してみたいと思いました。
日記というキーアイテム
本作品では”日記”がキーアイテムとなっています。
もともとはウィルがその日の天気や食べたものに加え、行動を簡素に記録していたものなのですが、これを見つけたビビがなかば無理矢理”交換日記”にしてしまいます。
この交換日記、作品を通してやり取りされるのですが、お互いになかなか口には出せない本音を綴ったり、茶目っけを見せたり、はたまた大事な場面で重要な役割を果たしたりと本作品においては無くてはならないものになっています。
日記の記載箇所ではウィルとビビのもので書体を変えているのも良いですね。
先ほど、三人称より一人称にして欲しかったと述べましたが、交換日記は一種の一人称です。二人の個性を魅力的に引き出しているため、物語のアクセントになっています。
やはりこのようなキーアイテムは作品作りにおいて重要だと思います。
キーアイテムは象徴です。
本作品では二人の”絆”を繋ぐものでした。
他作品からも思いつくものをいくつか挙げると、
『もののけ姫』の”小刀のお守り”
『君の名は』の”組紐”
『ハリー・ポッター』の”ハリーの額の傷”
などがあります。
メジャーどころでぱっと思いついたのが映画ばかりでしたが、これらは物語の機転となったり、作品のテーマや人物を暗に体現させたりと重要な役割を果たします。
キーアイテムについてはいろいろな作品のものを考察するのも勉強になりそうなので、今後記事にさせていただくかもしれません。
ひとまずここまでにしようと思います。学習・考察については今後も更新予定です。