小説における「視点選択」の重要性を考える。

小説における「視点」が重要でることは言うまでもありません。

何処に視点を置くかで、その小説のイメージは大きく変わります。

視点の種類は大別すると三種類。
一人称、二人称、三人称の視点です。

二人称視点は少々特殊で、ほとんど使われることがありませんので、私たちが小説を書こうと思ったときに考えるのは一人称と三人称、どちらの視点にするかということになります。

一人称と三人称の視点を簡単に説明すると、

一人称視点→登場人物の主観的な視点
三人称視点→第三者による客観的な視点

となります。

三人称視点は”神の視点”と呼ばれたりもしますよね。
これは物語の出来事や、登場人物の心情など全てを知っている語り手が、全知の神のようであることが理由です。

この「視点」ですが、書き手によって得手不得手があると思います。
ですからひたすら得意な視点で小説を書く作家も珍しくありません。

しかしよく考えてみて下さい。
私たちの書く物語はひとつひとつが異なったものです。
テーマやストーリー、キャラクターなどが違えば、表現したいことや伝えたいことも変わってくるはずです。

そうであればやはり、それに合った「視点」で書くのが最善の形と言えるのではないでしょうか?

自分の書きたい作品に合った「視点」(文体)で書く能力を身につければ、表現の幅は格段に広がるはずです。

とはいえ、不得意の視点で書くのは難しいですよね。
かくいう私も、ほとんど三人称でしか書いたことがありません……。
(今書こうとしている作品はどうしても一人称で書きたいので、一人称の本を読みあさっているのですが、私にとってはやはり難しそうです)
ゆくゆくは三人称と一人称、もっと言えばそこに多様な文体も絡めた書き方で、書きたいことを最大限表現できる作家になりたいものです。

さて、前置きはこれくらいにしておきましょう。
今回のテーマは「視点」。
「視点」の重要性について『小説の技巧』から学んでいこうと思います。

参考文献:デイヴィット・ロッジ[著]、柴田元幸・齋藤兆史[訳]『小説の技巧』白水社

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小説における「視点」の重要性

物語を語るときに視点をどこに設定するかは、小説家の選択項目としてはおそらく最も重要なものであろう。虚構の登場人物やその行動に対する読者の感情的・倫理的反応を根本的に左右する問題だからである。

(44ページより)

『小説の技巧』(以降”本書”)からの引用です。

ニュースや歴史書といった客観性を重視する媒体とは異なり、小説では主観性が重要になってきます。
読んだ読者が何を知り、どういった感情を抱くのか。書く側がこれらを計算しながら書くために、「視点」を選択することは最初のキーポイントです。

例えば”恋愛”を書こうと思ったとき、一人称であれば読者は登場人物と同じ視点に立ち、どきどきした感情を共有しながら読み進めるはずです。また、同じ一人称でも、恋する側とされる側のどちらに視点を置くかによっても印象は大きく変わります。
逆に三人称では、客観性を持った状態、つまりある程度俯瞰した状態で読んで貰えるでしょうから、”恋愛の形”などのテーマを重視して表現するに適していると思われます。

引用文では、「視点」は最も重要な選択項目とまで述べられていますが、これは決して大袈裟ではありません。
一段上の小説家を目指すのであれば、物語に合った視点を選ぶことと、それを使いこなすことが重要になってきます。

難解な文体で子供の「視点」を書いた作品

本書では「視点」選択と活用の好例としてヘンリー・ジェームズ氏の『メイジーの知ったこと』を挙げています。

この作品は”不倫”を題材にした作品なのですが、「視点」は大人たちの不倫に境遇を左右される子供に置かれています。

まず子供の視点から大人の不倫を観測するという点で、この作品のテーマも見えてきます。不倫の当事者である大人たちに視点を置いた場合とは明らかに異なる作品になるはずです。

さて、この作品の見事なところは、子供に視点を置きながら、扱う文体が難解であることです。(ここでいう”難解”とは、子供の幼い語彙力や文構造ではないという意味です)
もう少し詳しく言いますとこの作品、子供の視点を三人称を通して書いているのです。

もし一人称で書く場合は、当然子供の語彙力の範囲での文体になるはずです。
しかし『メイジーの知ったこと』では三人称(神の視点と思って下さい)を通した子供の視点で書かれているので、その文体を子供のものに合わせる必要がありません。

この手法の利点とは何でしょうか?
本書では『メイジーの知ったこと』の著者の考えが載せられています。

これについては、ジェイムズ自身がニューヨーク版の序文の中で理由を説明している。「子供は非常に多くのものごとを知覚していながら、それを言い表すだけの十分な表現方法を持ち合わせていない。子供は、自分の手持ちの語彙、あるいは何とかひねり出せる語彙で把握しうるものより、いかなる時点においてもさらに豊かな世界を体験し、絶えず高度の理解力を持つものだ」。

(45ページより)

つまり『メイジーの知ったこと』の視点選択は、子供の見る世界を大人(読者)に体感してもらうために成されているのです。

まさに作品に合った視点選択の好例と言えます。

おわりに

というわけで今回は視点選択が物語に及ぼす重要性についてのお話でした。

みなさん小説づくりではプロットや設定に力を入れることと思いますが、それらを最大限生かすためにも、今後は「視点」の選択についても考えて頂けたらと思います。

それではここまで読んでいただき、ありがとうございました!

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