電撃大賞受賞者の執筆歴と投稿歴は?

先日、電撃大賞受賞者からのアドバイスを記事にしてみました。

一言でまとめてしまうと、「電撃大賞を獲りたかったら好きな事を追求しながらひたすら書こう!」ということでした。
目新しさはありませんが、これを実行し続けることのなんと難しいことか……
精進あるのみですね!

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今回の記事では、引き続き『電撃大賞ホームページ』の『出身作家インタビュー』を見ていこうと思います。

今回のテーマは”電撃大賞受賞者の執筆歴と投稿歴”です。

『出身作家インタビュー』では次のような質問がされています。

Q.小説を書き始めたのはいつ頃ですか?

Q.受賞するまでの投稿歴を教えてください。

電撃大賞ホームページ『出身作家インタビュー』より

この2つの質問に対する受賞者の回答を集計し、その傾向を見ていこうと思います。

集計に関して

『出身作家インタビュー』では質問に対する回答を、受賞者の方々がそれぞれの言葉で綴っています。

小説を書き始めて○年です! ○作応募して受賞しました!

といったふうに明確に答えている方ばかりではありません。

今回の集計では私の独断で回答を振り分けておりますのでその点をご了承ください。

電撃大賞受賞者はいつ頃から小説を書き出した?

さっそく結果から見ていきましょう。

電撃大賞受賞者はいつ頃から小説を書き出した?

48名分の集計になります。
”その他”が多いのは明記されていない、あるいは私の読解力不足によるものです。あしからず願います。

さて。
意外なのは、”大学生から書き出した”方が最も多いということではないでしょうか?
「本格的に書き出したのが大学生からですが、幼い頃から空想や落書きはしてました。」という方もカウントされてはいますが、それにしてもです。

プロになるような人は、”当然幼い頃からずっと書き続けてきた”ものだと思われがちです。
しかし、このデータを見る限りではそうでもないようです。

私も初めて小説を書いたのは大学生の頃でしたので、なんだか勇気づけられる結果ですね。

とはいっても、小学生の頃から書き続けている方もいれば、社会人になってから書き出した方もいます。
このような集計をしておいて本末転倒ではありますが、やはりいつから書いているかは問題ではありません。
大事なのは今、私たちが書いていること。書きたいと思っていることです。

いつからだって、何歳になったって私たちはプロになれる可能性を秘めています。
その一つの根拠として、このデータをみなさんの頭の片隅に置いていただければ幸いです。

電撃大賞受賞者の新人賞投稿歴は?

お次は投稿歴(投稿回数)です。こちらも48名分の集計になります。
結果は次のようになりました。

電撃大賞受賞者の新人賞投稿歴

これまた”その他”が多くなってしまい申し訳ありません。
しかし”その他”の多くは「○年間送り続けていいました」といった回答。要はたくさん応募しましたという方です。

10回以上は応募したという方も6名いらっしゃるので、分かっていたことではありますが超えるべき壁はやはり高いです。

一方で”初めての応募で受賞しました”という方が9名みえます。
48名中の9名ですので、なんと5.3人に1人は投稿歴1回ということになります。

投稿歴1回の猛者の一人、三枝先生の回答を見てみます。

Q.小説を書き始めたのはいつ頃からですか?
A.実は小説を書いたのは受賞作の「ウィザーズ・ブレイン」が初めてです。それ以前にも頭の中でお話やキャラを妄想することはありましたが、それを何らかの形で出力しようと思ったのはこれが最初でした。

Q.受賞するまでの投稿歴を教えてください。
A.初投稿でそのまま受賞です。ドラマが無くてすいません。

三枝零一先生(『ウィザーズ・ブレイン』にて第7回電撃ゲーム小説大賞〈銀賞〉を受賞)

三枝先生はなんと初めて書いた小説を投稿して受賞。スゴすぎる……。

やはり天賦の才は存在するのか……と思いそうになりますが、一概には言えないようです。

次いで、代表作『ソードアート・オンライン』でいまや電撃文庫の顔とも言える作家、川原先生の回答を見てみましょう。

7年間ネットの海に沈み続けたあと、第15回の電撃小説大賞に応募したのが今のところ最初で最後の投稿となります。

川原 礫先生(『アクセル・ワールド』にて第15回電撃小説大賞〈大賞〉を受賞)

川原先生も1回の投稿で受賞されていますが、7年間もの間ネット上で小説を書いていたとのこと。

こうなってくると単に天才とも呼べないですね。
新人賞への投稿なしで書き続けていたわけですから、ほんとうに小説を書くのが大好きなんですね。

「好きこそものの上手なれ」を華やかな成功でもって体現した方です。これこそ理想像です。

そして逆に、諦めることなく投稿し続けて夢を叶えた先生はというと。

少ない投稿数で受賞された方々と違って、目眩がするほど落ちまくっていました。データを残していたパソコンはハードディスクごと仏になったので、正確に数えることはできませんが、受賞作はたぶん30本目くらいだったと思います。
ライトノベルや一般文芸を合わせて、年間5~6本ほど投稿していました。二次選考を通過できたのは5本です。

真代屋秀晃先生(『韻が織り成す召喚魔法 -バスタ・リリッカーズ-』で第20回電撃小説大賞〈金賞〉を受賞)

約十年のあいだに、四十前後の作品を、あらゆる賞に応募し続けました。正確には憶えていませんが、半分くらいは一次落ちだったと思います。自信のある作品ほど一次落ちで、あまり期待していない作品が二次通過や最終選考に残っていたという記憶があります。電撃小説大賞には受賞作を含めて二回応募しています。

青葉優一先生(『王手桂香取り!』(電撃文庫)で第20回電撃小説大賞〈銀賞〉を受賞)

引用中の文字の色は私が付けたものです。

お二方とも凄まじい執念です。尊敬の念を抱かずにはいられません。

おわりに

というわけで、電撃大賞受賞者の執筆歴に関して見てきました。

プロになったみなさんも歩いてきた道は千差万別。
ここから私たちの見いだすべき教訓はやはり、ずっとあきらめないことですね。

小説を書くのにお金はほとんどかかりませんし、肉体的な年齢制限もありません。

そういう意味では、数多くあるいわゆる”夢”の中から、小説家を目指そうと決意した私たちは幸せ者です。
私たちは意志を曲げない限り、死ぬまでプロの小説家を目指せるのですから。

みなさん。気負わず、それでも慢心せずひたむきに。小説家を目指せる喜びを噛みしめながら、どこまでも歩いて行こうではありませんか。

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