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「エンナー起きてください。朝ですよ」
重い瞼を持ち上げると眼前にイーファの顔があった。ベッドの脇にしゃがみ込み、エンナの顔をのぞき込むようにしていた。
「おはよう、イーファ」
「はい。おはようです、エンナ」
いかにも嬉しげに顔を綻ばすイーファを、エンナはじとりと睨み付けた。
「どうしたんですか? 恐い夢でも見ました」
小首を傾げたイーファが華奢な手をすっと伸ばして、エンナの頬に触れる。
その掌の心地よさを必死に振り払って、エンナは一層厳しい眼差しをイーファに向けたが、当の本人はきょとんとするばかりである。
「イーファ」
「はい」
「何度も言うが、勝手に部屋に入ってくるな」
「えー、別にいいじゃないですか。エンナもいつでもわたしの部屋に来て貰って構いませんよ?」
不満の声を上げるイーファは、悪びれた様子もなく、今度はエンナの頭をなで始める。
(舐められてるなぁ)
心底叱られているのであれば、きちんと反省し、正すことのできる少女だ。今それをしないということは、エンナの心の内を敏感に読み取っているからに他ならない。エンナは今、呼応石を身につけていないから、単純に心を読まれているのだった。
それでも叱るところは叱らなければならない。それがイーファのためでもあって、エンナの沽券に通じるものだった。
「良くない。あんたな、無警戒にほいほい男の部屋に来るもんじゃないぞ。これからヒトとの繋がりの中で生きていこうってんだから、少しは常識を身につけろ」
「はいはい、わかりましたよ。エンナ以外の殿方には充分気をつけますよ」
「どうしてそうなる。俺は男としてみられていないってか……」
「なに言ってるんです。むしろ逆ですよ。わたし、エンナ以外の殿方には興味ありませんから」
そう言って、あろうことかイーファがベッドの中に潜り込んでくる。
「まだ眠いのなら、もう少し休みます? ご一緒しますよ?」
鼻の触れあうような距離で囁くイーファの行動は、きっと確信犯に違いない。
抱きつかれて、甘い香りと柔らかな感触で一気に目が覚めた。ほとんど無意識に抱きしめ返していた。悔しいがどうしようもなく幸せだった。
「エンナ、苦しいです」
くすくすとイーファが笑っている。
「起きるか……」
言いながらも身を起こす気にはまったくならない。またまどろみにつつまれようとしていた。
「みなさん、朝ご飯を用意して待ってますよ?」
「もう少しだけ眠る。イーファは先に行っててくれ」
そう言いながらも腕に力を込めていた。
「これでは動けません」
「あんたの力なら簡単に抜け出せるだろう」
「無理ですね。幸せすぎて、そんな気がこれぽっちも起きませんから」
そんな言葉といっしょに、額に唇の柔らかな感触が落ちてきた。
「もう少ししたらほんとうに起こしますからね? おやすみなさい」
心地よい声と温度に包まれながら、エンナは再度意識を手放したのだった。