僕が初めて公募へ挑戦した作品。
オーバーラップ文庫大賞にて一次選考落選でした。
評価シートは「キャラクター」「ストーリーライン」「世界観・設定」「構成」「文章力」ですべて評価3という、標準中の標準といえる作品なので、応募を考えている方はこの作品を一つの基準と考えてみてください。
そしてもう1作品、こちらはファンタジア大賞3次選考落選となった作品も『カクヨム』にて公開しています▼
『羽根のない人』
空に、いくつもの光があった。
色彩も濃淡も様々な柔らかな光の群れ。それは輩の証だ。
魔力を吸収し、光として乱反射する特性をもつ呼応石はチーム内の意思疎通を図る道具として天駆たちになくてはならないものとなっている。
呼応石の放つ光色はその形状によって異なり、寸分の狂いなく同じ多面形にカットされた呼応石同士は魔力を介して共鳴するのだ。
天駆は皆、それぞれのチームカラーを放つ呼応石をペンダントにして首に提げている。同色の光が四つ五つと固まり、それが十数にもおよぶ群を成していた。
綺麗だとエンナは思う。
気付くと、自らの胸元の二つの呼応石を握りしめていた。その冷たい感触がエンナの波打った心を落ち着かせてくれる。
魔力を込めると掌の中で光が満ちて溢れた。
ゆっくりと握った掌を開くと、あらわになった二つの呼応石が同色の光を放つ。
澄み渡る大空よりも蒼いアースブルー。その光は何処までも美しく、しかしそれゆえに寂しげだった。自分にはふさわしくない、どこまでもまっすぐな光だと思った。
(未練がましいったらないな……)
仲間ができたときに渡しなさいと姉が手ずからつくってくれた二つの呼応石は、意匠を凝らした特注品だった。しかしこの呼応石が本来の使い方をされることは未来永劫ない気さえしてしまう。
エンナだって一緒に戦う仲間が欲しかった。しかし誰かといることは自由を奪われることと同義だ。
エンナは、自由に空を駆けていたいと思う。そう願うことをやめられない。
ぐるるぅ、とアイオンが弱々しく唸りながらこちらを見上げている。狼獣特有のリーフグリーンの三日月の瞳が、今はその鋭さをひそめて気遣わしげな光を湛えている。
なんだか気が抜けて、小さく吐息して笑んだ。
「俺は大丈夫だよ、アイオン」
首元を撫でてやると、アイオンは気持ちよさそうに喉を鳴らす。エンナの掌に押しつけるように身を寄せるものだから、危うく体勢をくずしてその背から落ちてしまうところだった。
エンナが落ちてしまわないようアイオンが器用に身じろぎすると、鞍に納めた数多の魔武器が揺れて当たり、金属質な音を立てた。その重量は相当なものになるはずだが、アイオンはそのことを苦にする様子もない。
“羽根のない生き物”であるアイオンは今、大空に立っている。正確には魔力で形成した陣の上にその四足を置いていた。
陣は本来、人が魔導具を使って空中に足場として創り出すものだ。人が大空の中に生きられるのは、この技術があってこそと言えた。
アイオンは獣でありながら魔導具を扱うことのできる希有な存在だった。エンナにとっては幼い頃から共にあったかけがえのない兄妹でもある。
アイオンの背に跨がったまま、再度、他の天駆たちを見遣った。暖かな日差しのなかにある呼応石の光を目を細めて眺める。
皆、緊張の面持ちで何かを待っている。天駆を乗せた“羽根のある生き物”である天狼たちは、その美しい羽根を羽ばたかせて器用に滞空している。アイオンと同様、たくさんの魔武器を納めた鞍を身に纏っているのに、なんと大地から解放された身軽さだろうか。
にわかに一帯に影が差した。
天駆たちが一斉に上空を仰ぎ見る。アイオンが威嚇の唸りをあげた。
果たして上空にそれはいた。
羽根のある生き物〈天魔〉。
天駆を乗せる天狼とは対を成す生き物だ。凶暴にして強大な力を持ち、空に生きる人の天敵である。
天魔を討伐し、人々の生活を守ることこそ天駆に課された使命だった。
「こいつは大物だ」
空を覆うほどに巨大な体躯は漆黒の鱗に守られ、畏怖すら感じさせる厳めしい羽根をはばたかせている。ダークレッドの瞳が、感情を窺わせない眼差しで天駆たちを見下ろしていた。
身体中の血流が冷え切って、肌が粟立つ。一方で、口を突いて出た呟きは高揚の熱を帯びていた。
敵を見据えた天駆たちが動く。
先陣を切ったのはウォルス率いる国内最強のチームだった。ウォルス隊のカラーであるローズレッドの輝きが五つ、天魔に向かっていく。
それを皮切りに他のチームも皆動いた。それぞれのチームカラーが一つの生き物のように統率の取れた臨戦態勢に移行していく。
その様子をエンナはただ眺めている。彼らの姿が遠くに見えていた。
チームごとに固まっていた呼応石の光が、ふいにばらけた。
散り散りになった天駆たちはしかし、呼応石の魔力によって心を重ね、言葉で交わす以上に互いを共有している。
シャインイエロー、スノーホワイト、クラウドグレイ、エメラルドグリーン、アクアブルー……。眩しい光たちが天魔とぶつかる。
静まりかえっていた大空が、大気の震えとともに音を取り戻す。
爆発音が響いた。剣戟の音がいんいんとして虚空に溶けていく。
空中に一つの陣が展開された。
光の円環とその中に展開される演算式が、天駆にとっての大地を空に形成する。あの美しいローズレッドの陣はウォルスのものに違いないだろう。
その陣に、天狼の背から降り立つ影があった。ウォルスだ。
自らつくった陣を踏み台にして天魔に向かって跳んだ。すれ違いざまに剣撃を浴びせたのが見えた。
天魔が怒りの雄叫びを上げた。大気を震わせるその悪なる叫びに何人もの天駆が身を強張らせた。
天魔が空中のウォルスに向かって強靱な爪を向ける。振りかぶった腕を鞭のようにしならせ、ウォルスを襲った。
ウォルスはすぐさま足下に陣を張り、飛び退いて離脱する。その先にウォルスの相棒である天狼が示し合わせたかのように居て、ウォルスは難なくその背に回収された。
天駆たちの攻撃が止むことはない。続々と陣が張られ、空はあっというまに呼応石と陣との光に埋め尽くされた。陣と陣とを天駆が飛び交い、そこに天狼が介入して天駆たちを補佐する。
まさに死闘でありながら、光のなかで展開される戦闘はある種の美しさを感じさせた。
心が疼いた。傍観に耐えない戦場が眼前にあることを、エンナは無意識のうちに喜んでいる。あれこそ自分の生きる場所だと悟っていた。