【評価シートオール3】オーバーラップ文庫大賞一次落選作を公開します

「さっさと始めよう」

問答無用で戦闘を始める。指輪型の魔導具がアースブルーの光を湛え、二つの呼応石も同様に光をこぼす。夜の闇をアースブルーの明かりが振り払った。

イーファの目の前、その足下に陣が張られた。エンナは屋根からそこに飛び移る。

勢いを殺すことなく、そのままイーファに向かって腕を振り上げて掌を向けた。

「まったく。以外とせっかちですね」

イーファは慌てることなく、最小限の動きで身をずらす。

突っ込むようにふるった拳が空を切り、エンナの身体がイーファの真横を通り過ぎようとする。視線が交錯した。口元に自然と笑みが浮かんだ。

体勢を整えるべく次の陣を張ったエンナがそこに片足を置き、次なる攻撃に移行する。崩れた体勢のまま身をひねり、そのねじれを力に還元して再び拳を振るった。

下から上へ殴り上げるように迫った拳を、なんとイーファは流れに逆らうことなく自らの掌で触れるや、そのまま引き寄せるように軌道を変えてしまう。

イーファの距離に見事に誘導されてしまったエンナはそのあまりの流麗さに舌を巻いた。さすがに息巻くだけの実力は有しているようだった。

お返しとばかりに反撃が始まる。イーファがその華奢な腕を振りかぶったのを視界に捕らえたエンナは思考を回す。

避けるには体勢の悪すぎる状況。防御しかない。陣で防ぐには間に合わない。腕でガードするほかないだろう。アンガスが天魔のあの巨体を吹っ飛ばしたことを考えると、おそらくイーファの腕力も見た目通りではないだろう。ガードして、あえて吹っ飛ばされることで威力を殺す。そして吹っ飛ばされた後は……。

これから起こるであろう事象と、その分岐を可能な限り予測する。エンナはこれを本能で行っていた。

振り下ろされたイーファの拳と、自らの顔との間に腕を割り込み防御する。襲い来る衝撃に備えて歯を食いしばる。

足下の陣はもう消えるはずだから、これに叩きつけられることはない。あとは吹っ飛ばされた先に陣を張りなおして着地するだけだ。

予想通りのタイミングで、しかし想像を絶する衝撃が腕にあった。それほどイーファの拳には力が込められていた。

「ぐっ……!」

骨ごと砕かれるのではないかと思う威力をなんとか後方に逃がしながら、痛みに耐えた。高速の中に持ち込まれた視界が一瞬なくなる。しかしなんとか飛ばされた方向に陣を張ったエンナはそこに着地を試みる。

全身のばねを駆使して中腰になりながらもなんとか両手をつきながら陣の上に降り立つ。

「さすがですね! でも、次を避けられますか?」

浮遊をやめたイーファが落下を利用して迫っている。痛みと痺れですぐには動けないエンナは、そのままの体勢でイーファを見据えていた。

落下に縦回転を加えた蹴り降ろしを放つイーファは、エンナが動けないことを見越しているに違いない。

しかし当然エンナにも策がある。通常、陣は時間経過で消滅するが、今、エンナの足下に張られた陣は発現者のタイミングで消すことのできる演算を組んだものだった。

タイミング計っていたエンナが、イーファの攻撃が当たる直前に陣を消す。羽根のない者の因果に従って落下を始めたエンナの身体は攻撃の軌道上から逃れることに成功する。

すぐさま真下に新たな陣を張ってそこに立つ。イーファの脚が頬をかすめながらも空を切る。

エンナはイーファの体勢をよく観察しながら、その流れに合わせてイーファの腕を両手で掴んだ。そのまま落下の勢いを利用しながら、足下の陣に向けて投げ飛ばす。

投げ飛ばす最中、イーファの身体の重みが薄れていくのを感じた。浮遊することで投げ技からのがれようとしているのだ。

そうはさせない。イーファが浮遊してしまう前に陣に叩きつけてしまえばいいのだ。足下の陣までに間に合わないのなら、新たに地面となる陣を作るだけだ。

指輪型の魔導具が新たに光を灯す。今イーファのいる座標の真下に向けて、正確無比な位置とタイミングで新たに陣を張る。

「きゃっ……!」

現れた陣に背中を叩きつけられたイーファが小さく悲鳴をあげる。

エンナはそのままイーファの横たわる陣に飛び乗り、イーファの身体をまたぐように立つや、その顔に向かって拳を振り下ろした。

来たる痛みに備えてイーファはぎゅっと目を閉じた。

「俺の勝ちだな」

イーファの眼前で拳を止めたエンナが言う。

「うぅ、悔しいです」

目を開けたイーファが言葉通り悔しそうに言った。意外と負けず嫌いな性格のようだ。

「他に言うことは?」

「……参りました」

渋々と、しかししっかりとした声音で言ったイーファは、恨めしそうにエンナを睨む。

「そんなに睨んでも俺の勝ちだ」

「わかってますよ」

「ほら、その陣はもう消える。こっちに来い」

エンナは真横に新たに張った陣に移って、倒れたままのイーファに手を差し出した。

「ありがとうございます」

その手を取ったイーファが立ち上がる。

「エンナ、強いんですね。ちょっと意外です」

「あんたは弱いと思ってるやつをアンガスと戦わせる気だったのかよ」

「まあその辺は努力次第でなんとかなるかなぁ、と」

「楽観しすぎだろう……」

「まあ、嬉しい誤算でしたね。まだまだアンガスには遠く及ばないですが、希望が見えてきました」

「そいつは良かったな」

これでもまだまだアンガスに届かないと告げられ、少し憂鬱な気分になる。いったいアンガスはどれだけ化け物だというのか。

「でも……」

イーファが物欲しそうにエンナの胸元に視線を向けた。

「エンナの呼応石、欲しかったなぁ」

「手は貸すって言ってるんだから、これは別に必要ないだろ?」

「それとこれとは話が別です」

社交辞令でなく本心から呼応石を欲しがっている様子のイーファは、なおもエンナの胸元から目を離さない。

「どうしてもだめですか?」

一転してしおらしい声音で小首を傾げながら言うイーファに、エンナは首を縦に振ってしまいたい衝動に駆られたがなんとかそれを押さえ込んだ。

「約束は約束だからな」

「……ですよね。うぅ、こんなことならもっと戦いの訓練しておくんでした」

なにをそこまで拘るのかエンナには理解が及ばないが、約束という一言にイーファは悔しげながらも大人しく引き下がる。そのあたりは律儀な性分と言えた。

「約束と言えば、ひとつ言うことを聞くんでしたね。……なにをすればいいですか?」

「ああ、そういえばそうだっけな。何と言われてもなぁ」

何か思惑があったわけでもないエンナはどうしたものかと考える。

「あの、エンナ?」

自分への命令に悩むエンナの姿をどう捕らえたのかイーファは不安げな様子でいる。

「ん? なんだ?」

見るとイーファは顔を伏せたまま、ぎゅっと拳を握っているではないか。その緊張した様子をエンナは不思議に思う。顔を伏せたままではその表情を窺うことも叶わない。

「あのですね……わたし、なんでも言うことを聞くとは言いましたけど、その、できればあまりやらしいお願いは……」

手をもてあそび、上目遣いにちらちらとこちらを窺いながら言う姿に、エンナは不意を突かれてしまった。思わず目を瞠って、それからイーファの言葉の意味するところを理解する。

「ふっ……はは」

先程までの天真爛漫で勝ち気な少女はどこに行ってしまったのだろうか。その豹変ぶりに吹き出してしまう。

「笑うなんてひどいです! わたしは真剣に……!」

暗がりの中でもわかるくらいにイーファの顔は赤い。その様子がまた可愛らしくて、いっそう可笑しかった。

「悪い悪い。でもそう来るか。そんな心配するくらいなら最初から言わなけりゃいいのに」

「まさか負けるとは思わなかったんですよ。でも約束は守ります。えぇ、守りますとも。エンナ、遠慮はいりません! なんでも言ってください!」

半ば挑むように虚勢を張るイーファを前にエンナは途方に暮れた。

(そんな潤んだ目で凄まれてもなぁ)

なんだか自分が悪いことをしているような心持ちになってしまうではないか。

「そう気張るなよ。賭けのことはもういいからさ」

目線より少し低い位置にあるイーファの頭に手を置き、乱雑に撫でてやる。アイオンを宥めてやるときによくやる行動で、無意識にそうしていた。

「そういうわけにはいきません。約束は約束です。エンナだってそう言ったでしょう?」

撫でられることからは逃れようとせず、それでも顔を上げてイーファはエンナを見る。引き下がる気はないようだった。

「ならとりあえず保留で。なにか考えとくよ」

「絶対ですよ。遠慮したらだめですからね」

「はいはい。そろそろ戻るぞ。流石に少し冷えてきた」

「はい。わたしもそろそろ眠くなってきました」

二人して見張り塔の窓へと戻る途中、イーファが思い出したように振り返った。

「明日からアンガスに勝つための特訓に付き合ってくださいね。ふたりで頑張りましょう」

そう言って無邪気に破顔するイーファにはどうやっても勝てる気がしないと思ったエンナだった。

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