「俺の意見は聞いてもらえないんですね……」
「おまえ一人じゃ、ぐずぐずしたまま何も変わらないからな」
なにがそんなにも楽しいのか、アンガスはいかにも上機嫌だ。
「ならアンガス、お前が二人目か?」
「あぁ? そんなわけないだろう。甘えるな。残りのメンバーは自分で探せよ」
もうなるようになれという気で問うたエンナに、アンガスは素っ気ない応えを返す。
「俺にそんな器量はない」
「うるさい。そんなことをおまえが勝手に決めるな。とにかくあがけよ。もちろんイーファとふたりでな」
アンガスがちらりとイーファを見やると、イーファは心得たとばかりにぐっと握り拳をつくる。
「そうですよ。ふたりでならきっと大丈夫です」
根拠のない宣言に、言いようのない安堵と高揚を与えられるのは何故だろうか。ぼんやりとしか見えなかったエンナの望む未来に、わずかだが確かな標が示されていて、その兆しを感じているに他ならなかった。
「というわけでウォルスさん、今日はこいつらもあんたたちの訓練に参加させてやってくれよ」
どういうわけか分からぬことをアンガスが突然言った。
「そうだな。チームを作るとなれば連携の訓練は必須だ」
「そういうこと。せっかくだからあんたのチームも見てみたいしな」
挑むように言うアンガスに、ウォルスは苦笑を漏らす。困惑ではなく、喜びから露わになった表情だ。
「君は侮れないな」
「今更気付いたか」
なにやら二人して合点している。この二人、正反対のような性格をしながら、どこか似たもの同士でもあった。
「……一つ条件がある」
「なんだい?」
「君も参加してくれ。三対三で対戦と行こう」
アンガスは一瞬悩むような素振りを見せたが、すぐさま快諾する。
「了解だ。ま、あくまで俺はゲスト参加だがな」
あれよという間に話は済み、結局エンナの意向は尋ねられることもなく合同訓練が行われる運びとなってしまった。
もはやエンナも何も言わない。深い溜め息を零すだけだった。
促されるままにターミナルに移動する。アイオンとウォルス達の天狼含めた、六人と四頭が並んで外縁部に立った。もう少し進めば空へ真っ逆さまという、まさしく国の最端である。
「とりあえずものは試しだ。いきなり上手くはいかないとは思うが、チーム戦がどういうものか体験してみるんだな」
ウォルスが淡々と言う。その肩にはいつのまにか天羽と呼ばれる鳥が泰然と留まっている。小さな身体ながら、羽根のある生き物の中でも最速を誇る種だった。落ち着いたクラウドグレイの羽根をしていて、鋭い爪と嘴を有する猛禽の風情漂う天羽であるが、性格は極めて温厚にして忠実で、国同士の手紙のやりとりに主に遣われている。
「こいつはキウォールで一番の天羽だ。こいつに今から俺たちから逃げるよう指示する。それを先に捕まえた方の勝利だ」
ウォルスが簡潔に訓練内容を説明しながら、懐から取り出した脚輪を天羽の脚にくくりつけている。魔力で光を発する発光石だ。途端に発光石が金色の光を放つ。
空の中で天羽を見つけやすくするためだろう。
「妨害はありだよな?」
アンガスが訊ねた。
「もちろんだ。それも含めた連携の訓練だからな。ただし今回は武器型の魔具の使用は禁止する。あくまでチームで協力して天羽を捕らえる訓練だ」
「俺としては武器を使ってもらってもいいんだが、まあ了解だ」
「エンナとイーファもいいな?」
二人して頷く。フィスとリオンもすでに臨戦態勢にあるようで、それぞれの天狼に跨がって開始を待っている。
「ゆけ!」
ウォルスのかけ声に反応して天羽が飛び立つ。あっという間に天羽の姿が点となっていき、金色の光が遙か遠くに見えるのみとなった。
「スリーカウントの後にスタートだ。ーー3、2、1……始め!」
一斉に駆けだした。
三頭の天狼が力強く羽ばたきながら飛翔に備え、アイオンが外縁の外に陣の道を展開する。それに負けぬ凄まじい勢いでイーファとアンガスが並走している。
アイオンが一番に外縁を踏み抜いて大空に飛び出した。その背で、エンナはうなじが泡立つのを感じた。無限の開放感と、それに同居する自由への恐怖。大空に出るといつも感覚させられるものだった。
次いでアンガス、イーファ、ウォルス隊の天狼達が続く。
全員が一直線に金色の軌跡を辿り、競争となる。最初こそ出遅れた天狼だが、やはり空では彼らに地の利がある。見る間に速度を上げている。
「さて、どーするよ隊長?」
アイオンの左隣に並んだアンガスが試すように問う。
「このまま素直に競争してたら、どう考えても先生達が有利だな。お前は本気出す気ないみたいだし」
アンガスの速さがこんなものではないことは先刻の競争で分かっている。じとりと咎めるような視線をエンナが向けるが、アンガスは飄々としている。
「言ったろ? 俺はあくまでゲストで、おまえとイーファがメインだ」
「食えない奴だよほんとに。……だそうだ、イーファ。こいつを当てにするな。基本二人でやるぞ」
「はい!」
アンガスとは反対側の右隣にいるイーファに言うと、イーファは朗らかに応えた。その調子はいかにも楽しげで、同時にうずうずとしているようだった。
「とりあえず妨害しておくか。アイオン、頼む」
首元を一撫でしてやると、アイオンは前を見据えたまま頷く。
エンナは鞍の上で、背後を向いて片膝立ちした。アイオンはエンナが落下しないよう、慎重に走り続ける。それでも速度はほとんど落ちていない。
ウォルス隊の三人が視界に見える。隊の絆を象徴するローズレッドの呼応石の輝きが美しかった。三頭の天狼は絶妙な距離間を保ちながら、常に互いを補佐し合えるように飛んでいる。
それだけのことなのに美事に思わされた。隊のあるべき姿をまざまざと見せつけられた気分だった。
「どれだけ効果があるか……」
左の掌を突き出す。小指に嵌めた魔導具がアースブルーの光を灯す。
瞬きすら許さぬ早さで、突如として陣が張り巡らされた。無数の小さな陣がウォルス達の行く先を阻むように現れている。
無秩序に並んだそれらの陣を高速移動の中で躱すのは困難を極めるはずだった。
しかしウォルス達を乗せる天狼は難なくそれを成した。