突然の障害物に一切戸惑うことなく、そして躊躇することなく速度はそのままに飛翔している。陣にぶつかるすれすれの所で身をよじるようにして軌道を変えながら進む姿は、陣を避けると言うよりもすり抜けると表現すべきだった。
さらに驚愕するべきはその連携だった。互いを害さぬ最短距離をそれぞれがまっすぐに来る。それを可能にしているのが呼応石による意思疎通であり、隊としての信頼関係だった。
胸の内で羨望がうずくのを感じながらも、エンナは次の手を思考する。現状を続ければ、追いつかれてしまうのは時間の問題だ。
「イーファ、先に行け! 俺とアンガスで足止めする!」
「わかりました!」
急停止したアイオンとエンナを置いてイーファが天羽を追っていく。
アイオンに少し遅れてアンガスもゆったりと制止し、エンナの後ろで滞空した。
「一人くらいは止めといてやるよ」
「期待せずにいるよ」
振り向かずに応える。すでにウォルス達が迫って来ていた。
固まっていた三頭がふいにばらけた。距離の離れていく三人の呼応石が、三人の心を近づけるべく更なる輝きを放った。
エンナはすぐさま決断した。
(一番やっかいな先生を止める)
アイオンに指示を出し、まっすぐにウォルスに向かった。
それを見たアンガスがリオンに向かって行くのを視界の端に捕らえた。すぐに向き直り、ウォルスと相対する。
アイオンとウォルスの天狼がぶつかろうと肉薄したときだった。ウォルスの腕輪が光り、アイオンの足下にローズレッドの陣が展開された。そこにウォルスが降り立つ。手を伸ばせば届くほどの距離にいた。
ウォルスが勢いを殺さぬまま前傾に身体を沈める。その背後で天狼が高度を上げてエンナたちの上空を抜け出ようとしていた。それに気を取られたのはほんの一瞬だ。
「よそ見をするな」
ウォルスの声が聞こえた。
ウォルスはアイオンの頭に手を置くと、アイオンの進行方向をずらすように力ずくでその頭を沈ませる。そうしながら自身はその脇をくぐり抜けようとしている。
「くそっ……!」
ウォルスを捕らえようとエンナは手を伸ばすが、指先が衣服をかすめるに留まる。抜き去ったウォルスはそのまま新たな陣を展開して駆け出す。
このまま天狼と合流されてしまっては追いつくのが困難になる。考える間もなくエンナもアイオンの背から飛び降りた。師匠のつくった陣の道と並べて自らも陣を張る。
ローズレッドとアースブルーの道が大空に展開され、ふたりの天駆の競争が始まった。
単純な速度で言えば、わずかにエンナの方が速い。
(天狼に乗られる前に追いついてやる)
魔力の奔流が全身を駆ける。魔力による身体強化で速度を上げていた。
踏み抜かれた陣の破片が光りの残滓となって宙に溶ける。それが尾を引いてウォルスの背に向かっている。
ちらりとウォルスがこちらを見た。口の端をつり上げたのが見えた。妙に嬉しげだった。
「やはり速いな」
呟きが聞こえたと思った瞬間、ウォルスは歩幅を大きく取って急激に制動をかけや、振り向きざまに逆走を初めてとエンナと向き合った。エンナもそのままウォルスに向かって突き進む。
「久しぶりに稽古をつけてやろう」
「お手柔らかに願いますよ、先生」
エンナが右掌を突き出す。アースブルーの光が灯る。
しかし陣が張られるより先に、ウォルスがエンナの手首を掴んだ。そのまま背後に向かって引き込んで投げ飛ばす。
それに逆らうことなく、むしろ自ら跳んだエンナは、空中で一回転した直後の足下に陣張って着地する。
ウォルスの予想する場所とは異なる場所に着地したのだが、それすら見越した動きをウォルスが見せる。眼前に壁のようにして張った陣を蹴り返し、身を翻すようにしてウォルスが跳んだ。そのままエンナに向かって回し蹴りを放っている。
(さすが先生……っ!)
後ろに目がついているかのような的確な動作だった。
腕で蹴りを防ぐ。その足首を掴む。
そこにするりとウォルスのもう片方の脚が割り込んできた。器用にエンナの腕を絡め取り、関節を取ろうとする。その前に腕の周りにアースブルーの小さな陣を展開し、関節を固定することで関節技から逃れた。
腕の陣が消えた瞬間に離脱する。着地したウォルスが追いすがる。後退するエンナに対し踏み込んで前進するウォルス。エンナにとっては防戦必死の体勢だった。
伸びてきた拳を防ごうとするが間に合わず、肩に鈍痛が走った。
「ーーうぐッ!」
息が漏れる。それでも次の攻撃に備える。
痛みに片目をぎゅっとつむりながらも、追撃に移行しているウォルスをなんとか観察する。
最善と思われる回避行動をとる。足下の陣を消して落下することで離脱を試みた。
ウォルスも心得たもので、すぐさま陣を飛び降りて追ってくる。
落下の中での戦闘が始まる。
相手の動き、陣の発動、そして落下限界に注意を払いながら幾度も拳を交えた。一方が放てば他方が防ぎ、すぐさま反撃する。更には陣を攻防両方に交える。
空の静けさの中に戦闘音がこだましていた。
(限界だな)
落下限界に達しつつあるのを察したエンナが落下軌道に陣を張って着地しようとする。その瞬間こそ警戒しなければならなかった。ウォルスはまだ足場となる陣を張る素振りを見せない。エンナの着地時に生じる隙を狙っているに違いなかった。
しかしこの状況で何ができるというのだろうか。エンナには並行落下している相手が着地した瞬間を狙う攻撃など思いつかない。
だが相手は師であるウォルスだ。いつでもエンナの思いも及ばない術を見せつけ、道を示してくれる師が今度は何を見せてくれるのだろう。
戦闘中にもかかわらず胸高鳴っていた。
その時が訪れる。エンナが自ら用意した陣に着地する。全身をばねのように用いて勢いを殺した結果、当然ながら隙ができる。果たしてウォルスはどう動くのだろう。エンナは瞬きすら忘れてそれを見守った。
しかしウォルスが取った行動は至極単純だった。