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「そう拗ねるなよ、イーファ」
「別に拗ねてなんかいませんよーだ」
言葉とは裏腹に、明らかに機嫌を損ねているイーファはエンナと視線を合わせようとしない。ウォルス達に敗れてからずっとこの調子だった。
不本意ながら助けを求めるようにアンガスをみやったが、アンガスは首をすくめるだけだ。一体どうしろというのだろうか。
「訓練なんだし、そんな気にすることないだろうに」
口にしてから、あぁ間違えたと思った。イーファが怒っているのは自分のこういう態度に対してだということは、なんとなく分かっていたというのに。
「なんでエンナはいつも早々に諦めるんですか! 最後まで手を抜かないでくださいよ!」
案の定、イーファは怒りの表情を露わにする。鋭い視線で見上げられて、何かを射貫かれた気がした。普段が溌剌とした少女が故に、こういう態度に出られるとどうした良いか判らない。
最早恒例となった夕食の席にはアンガスはもちろん、フィオナもウォルスもいるが誰も口を挟まない。ただ、口論にもならない二人の諍いを静観している。
「仕方ないだろう。先生に捕まってどうしようもなかったんだ」
「捕まったまま、ぼうとしてたと聞きましたが?」
「……だから、俺の力では先生の陣を破れなかったんだよ」
「だとしても試行錯誤してくださいよ。連携の訓練のはずだったのに、結局一度も絡むことなく終わってしまったじゃないですか」
言葉を重ねる度にイーファの機嫌が悪くなっていくのが分かった。ここまでくるとエンナにも開き直りじみた反感が湧いてくる。一体何故ここまで言われなくてはならないのだろうか。
「無駄な努力をしたって、最後には無力感に打ちひしがれるだけだ。だったら最初から何もしない方が良い」
本心とは別の、それでもずっと付きまとってきたエンナの弱い部分が口を突いて出ていた。
イーファの視線が更に険しくなる。怒りの火を空色の瞳に見た。
睨み上げたまま、イーファは何かを言おうとして口を開きかけ、逡巡したそぶりを見せて結局言葉を呑み込んだ。ぎゅっと掌を握り込み、下唇を噛みしめて怒りに震える。音を立てて椅子から立ち上がったときには、もはやエンナを見てはいなかった。
「エンナのよわむし! もう知りません!」
そのまま足早に部屋を出て行ってしまう。
閉じられた扉の音を最後に、気まずい静寂が訪れる。
「エンナ」
フィオナが優しげに名を呼んだ。
エンナはすがるような思いになって、フィオナを見る。またこの人に甘えるのかと、自省の念に苛まれるが、イーファが言い捨てたようにエンナは未だよわむしだった。
「うん。ごめん……」
「わかっているのならいいわ」
慈悲に満ちた姉の笑顔に救われた気がして、同時に孤独に襲われていた。思った以上にイーファに嫌われることに恐怖している自分がいるのだった。イーファに抱くこの同胞意識が、果たしてどこからやってくるのか判らない。
これまでの人生において大事と思える人は何人もいる。目の前にいるフィオナやウォルスはその筆頭だ。それでも、大事な人に想われる程に、エンナは独りになっていく気がしていた。
なのにイーファと、そしてアンガスには通ずるものを感じて仕方なかった。距離の測り方も曖昧なままに、いつのまにか二人の隣は居心地の良いものになっているのだった。
フィオナからアンガスに視線を移す。無意識だった。
驚いたように目を数度瞬かせたアンガスが、こんどはその瞳を伏せて仕方ないなとばかりにため息を吐く。
「エンナ、少し歩くぞ。付き合え」
立ち上がったアンガスに促されるままエンナは部屋を後にする。
背中に、フィオナとウォルスの優しくも寂しげな視線を感じた気がした。