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平穏はふた月ほど続いた。それが長かったのか、あるいは短かったのかと問われれば、エンナは短かったと即答するだろう。
それでもイーファとアンガスと共に過ごす時間はすでに身体にも心にも染みついており、もう長い間ずっと一緒にいたような気もした。
どちらにしてもそれが今日で終わるかもしれない。まだ実感の沸かない事実ではあったが、頭ではそれを理解していた。
「ついにきたなぁ」
三人並んで、城の屋根に立っていた。
隣でアンガスが感慨深そうに言う。名残惜しさを多分に含んだ声音に、普段飄々としたこの友人も自分と同じ気持ちだと知れて、込み上げるものがあった。
「まだ終わらない。ーー終わらせやしない」
自分に言い聞かせるように呟いた言葉に、エンナ自身がすがっている。
そんなエンナに寄り添うように、
「もちろんです。明日からまた、三人で過ごす普通の日々がやってきます」
こちらは確固たる決意を隠そうともしない声音でイーファが言う。
隣にいるイーファを横目に見遣る。同じように視線をよこしたイーファはこわばった表情で、それでも艶然と笑んだ。
自然と手と手が繋がれた。そのぬくもりを確かめるように、どちらからともなく握りあった。
ふたりの様子を眺めていたアンガスが、こちらも笑みを浮かべる。寂しさを秘めた、それでもどこか満足げな表情(かお)だった。
「俺に悔いはないよ。おまえらが、そうやって一緒にいてくれることが俺の救いだ」
それはアンガスの本音であると同時に、彼が死んだ後のエンナとイーファを慰めるための言葉でもある。
「なんだおまえ、本気で俺と戦うなんて言ってたが、勝つ自信がなくなったのか?」
エンナは鋭い視線を向けながら、挑むように言ってやる。アンガスの生きる意志をたきつけてやりたかった。
「もちろん戦うからには本気だ。戦闘には自信がある。……でもなんでかな。今はおまえに勝てる気がしないんだ、エンナ」
いつになく穏やかな空気を纏うアンガスに、またぞろ怒りが沸いた。
「わけのわからんことを言うな」
「おまえは優しい奴だ。そして何より友達想いだからな。おまえはきっと、俺のために俺を殺してくれると信じてる」
呪いにも似た謂いだった。
エンナは応えなかった。
代わりとばかりに掌を差しだした。
アンガスが目をまんまるに瞠ったあとに、苦笑した。
「野郎と手を繋ぐ趣味はねぇよ」
「うるさい。黙って俺にまかせとけ」
無理矢理に手を取って繋いだ。
「ふふ、みんな仲良しですね。いいことです」
いかにもイーファは嬉しそうだった。
「……ったく」
そっぽ向きながらも、アンガスは繋いだ手を放さなかった。
互いに異なる思惑を持ち、それでも根底を同じくする気持ちを手のぬくもりと一緒に共有した。今この瞬間、こうしていられることが幸せだと思った。
「行きましょうか」
「ああ」
一転して真面目な調子で言うイーファにアンガスが応える。
手は繋いだまま、三人して空を見上げた。
遙か遠くの空に、遠目にも巨大とわかる影があった。
それが一直線にこちらに向かってきていた。
あの運命の日。イーファと、そしてアンガスと出会ったあのとき、逃がしてしまった天魔だった。エンナをそれを鋭く睨みつける。
「まずはあれを排除する」
思い思いの決意を胸に秘め、再び戦場に飛び込む。