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混戦のなかにいた。
数多のチームカラーが無秩序に飛び交っている。それぞれのチームが何を意図して動いているのかは、同じ色の呼応石を持つ仲間同士でしか共有することができない。
エンナの胸元にはアースブルーの光が灯っている。同じ光を放つ呼応石を持つイーファが、自分の斜め後方にいることを、呼応石を介して感じた。
居場所だけではない。イーファの身体を流れる魔力の本流が、その意思が、その感情が手に取るように脳裏に流れ込んでくる。
ひとりで戦い続けてきたエンナには初めての感覚だった。
なんともいえない幸福感とともに、こそばゆい気持ちになっていた。心が浮き立つのを我慢できなかった。
たくさんの天駆や天狼、そして色とりどりの陣を器用に躱しながらアイオンが天魔に向かう。倉に提げたいくつもの武器から、刀を選んで手にした。
抜刀してアイオンと共に強襲する。
天魔の瞳がエンナに向けられる。かつて恐怖したダークレッドの視線に、今は一切の恐怖を感じない。呼応石から伝わるイーファの存在がいつでもエンナと寄り添っていた。
イーファが背後から凄まじい速さで迫ってくる。
「決めてくださいよ」
追い越しざまにイーファの声が聞こえた。こちらには目もくれない飛翔だったが、心はひとつだった。
イーファの拳が天魔の胴を捕らえる。強固な鱗が砕け、その巨体が僅かに宙で位置をずらす。
再度攻撃しようと拳を掲げたイーファを、天魔は完全に敵と見なした。その瞬間を狙う。
イーファの攻撃から一瞬だけ時間をずらして飛び込んだエンナの存在に、天魔の反応は鈍行する。
アイオンの脚力を刀身に伝えるようにして、すれ違いざまに斬った。天魔の巨体に深い刀傷が刻まれた。
悲痛な叫びを挙げた天魔を今度はイーファが追撃する。
思い切り蹴り上げた。天魔の身体が跳ね上がる。それでも反撃にでた天魔の爪がイーファを襲うが、イーファは構わず天魔の懐に飛び込むや、回し蹴りの体勢に移行している。エンナの陣が自らを守ってくれることを知っての攻撃だった。
その意図を共有するエンナは、アイオンの背から天魔の背へと飛び移りながら、陣を形成する。
天魔の爪がイーファに届くことなくはじき返された瞬間、イーファの回し蹴りが炸裂した。
天魔の巨体が大きく揺れるが、その背にいたエンナは器用に歩幅と体勢を器用に調節してバランスを保っていた。イーファと意識を共有することで、訪れる衝撃のタイミングと強さを予め知っていたからこそできる芸当と言えた。
天魔の背に刀を突き立てる。深々と刺した刀の柄を掴み、そのまま駆けだした。鱗ごとその身体を切り裂きながら天魔の背を蹂躙し、天魔が大きく暴れ出したところで宙へと離脱した。
意想外の衝撃があった。誰かにぶつかったのだと一瞬にして悟る。
「退いてんなよ。一気に終わらせるぞ」
耳元でその声を拾った時には、すでに視界が一転していた。
アンガスに投げ飛ばされたのだと、一瞬遅れて気付く。呆れながらも、愉快な気分になったのはなぜだろう。
器用に陣を張って降り立ったエンナの傍らに、イーファが舞い降りる。
「エンナってば楽しそうですね」
戦闘中とは思えない気さくさでイーファがくすくすと笑う。
「どうしたらそう見える……」
「見えるのではなく、ちゃんと感じてますよ? コレがありますから」
誇らしげに呼応石をつまみ上げてみせる。
「相手の感情がわかりすぎるのも考えものだな……」
「ふふ、確かに気恥ずかしいですね、これは。でも、嬉しいです」
「……まあな」
ふっと表情が緩むのが自分でもわかった。
「でも、そろそろ終わらせるか」
「はい! ……って、大胆なこと考えますね」
エンナの思惑をいち早く感じ取ったイーファが呆れている。
「確実に仕留めるとしよう」
「了解です。わかりましたか、アンガス?」
遅れてやってきたアンガスにイーファが問うが、アンガスはしかめっ面をしてみせる。
「わかるわけねぇだろうが。呼応石で二人だけの世界に浸ってんなよ」
「あれ? もしかして拗ねてます?」
「……拗ねてねぇ。で、どうするんだ?」
「見てればわかりますよ。アンガスは私に合わせてくれればいいです。ね、エンナ?」
「ああ。アンガス、しくじるなよ」
「誰にものを言ってんだ」
エンナの右手首でブレスレット型の魔導具が一際大きな光を瞬かせた。空を溶かすようなアースブルーの輝きに、天魔のみならず他の天駆達もが一斉にエンナの方を見た。
そのなかにはウォルスたちの姿もある。
“やってみせろ”
ウォルスの瞳がそう語っていた。
期待されたからには応えたいといういつもの想いが湧いてくるのを、しかしエンナはいつもより少しだけ前向きに受け入れることができた。
そんな感情を、となりのイーファが本人以上に喜んでいるのを感じ取り、なおさら感動の熱に震える思いがした。
空に、ゆったりと演算の文字式が浮かび始める。それが八カ所、それぞれが巨大な円環を描くように展開されていく。
空が遙かなるブルーに染まっていく光景に、誰もが見惚れた。唯一、天魔だけが身の危険を感じ取り、元凶であるエンナに猛進を開始する。咆哮で大気を振るわせながら猛然と迫る漆黒の巨体をエンナは悠然と見据えた。
エンナの前にイーファとアンガスが庇うようにして進み出る。それを視界に納めるエンナはなんとも心強い気持ちにさせられ、一切のあせりを捨て去って陣の形成に集中した。
「信頼しきってくれるのは嬉しいですけどエンナ、なるべく急いでくださいよ?」
「わかってるよ。防御はまかせた」
ひとつ頷いたイーファが一直線に天魔に向かい、その後にアンガスが続いた。
どこまでも自由に空を飛ぶ兄妹は息の合った連携で攻撃の手を緩めようとしない。殴り、離脱し、また殴る。とにかく天魔の進路を絶ち、エンナに攻撃させないための動きだった。
(少し妬けるかな……)
着実に陣を作り上げながら、ふたりを眺めていたエンナはふと思った。呼応石無しにあれだけの意思疎通をはかる絆への羨望だった。
ふたりが共に過ごした長い時間と思い出との産物だった。その記憶の中にエンナはいない。そのことがどうしようもなく寂しく感じられていた。