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イーファと二人してフィオナの客間に行くとアンガスが食後の紅茶をすすっているところだった。エンナ達に気付くと片手を上げてみせた。
「これはこれはお早いお目覚めで。おはよう」
「おはよう」
覚醒しきらない頭でエンナはあいさつを返す。
「イーファ、見事に帰ってこなかったなおまえ」
「いやぁ、エンナがなかなか放してくれなくて」
頬を赤らめてそんなことを口にするイーファをエンナは横目にじとりと見た。
「誤解を招くような言い方をするな」
「だってそうでしょう」
「あんたまでいっしょに寝ちまうからだろう」
「だって、あまりに気持良いんですもの。エンナだって、あの後何度か起きていたのにまた寝ちゃってたじゃないですか」
「あんたも起きてたんじゃないか……」
「さあ? なんのことです?」
じゃれるようなやりとりをひとしきり終えたところで、ふたりは席に着いた。アンガスの向かい側にエンナが腰掛け、その隣に当たり前のようにイーファがちょこんと座る。
すでに用意されていた朝食にそれぞれ手を伸ばす。
「フィオナさんとウォルスさんは食べ終えてもう行っちまったぞ。おまえらゆっくりしすぎだ」
アンガスが悪態づくが、エンナもイーファもいつもの馴れ合いと思って大して気にしていない。ただ、フィオナとウォルスには悪いことをしてしまったと思った。
「悪かったよ」
「いいさ。ここでイチャつかれるよりずっとましだ」
「べ、別にいちゃついてなんかいません……!」
顔を真っ赤にしたイーファが反論するが、アンガスはどこ吹く風だ。それでも嬉しげに頬を緩めているのがエンナには分かったが、取り乱すイーファは気付いていないようだった。
食べ終えるとイーファがエンナのまえに自ら注いだ紅茶を差し出す。エンナが礼を口にすると、ふわりと笑んで見せた。
そして自分とエンナの分の食器も重ねたイーファが立ち上がる。
「片付けてきますね」
「悪いな、ありがとう」
「はい」
軽い足取りでイーファが部屋を後にするやアンガスが口を開いた。
「甲斐甲斐しいねぇ。夫婦みたいだ」
「からかうな」
途端に恥ずかしくなって、紅茶を口元にもっていくことでなんとか誤魔化したが。それすら見透かしたようにアンガスは意地悪く笑っている。
「ほんと愛されてるよなぁ、おまえ」
「俺には勿体ない気がするがな」
「なに言ってんだよ。おまえ以外に誰がいるってんだよ。もっと堂々としてればいい。その方があいつも喜ぶ」
そんなことを言われたエンナだが、少し思うところがあって黙り込んだ。
「どうした?」
不思議そうにアンガスが問う。
「……なあ、アンガス」
こんな相談をできるのはこの男しかいないと割きったエンナはおもむろに切り出した。
「ん?」
「イーファのことなんだが……」
「おう」
「やっぱりさ、不安なんじゃないか?」
「なにが?」
「なにがっておまえ、自分が悪の生き物であることがだよ」
「そりゃそうだろうが、それでも生きていくことをあいつが選んだんだろ?」
「そうなんだが、その……な」
「なんだよ、はっきりと言え」
言いあぐねるエンナをアンガスが催促する。
「最近やたらと甘えてくるんだ」
言った途端にアンガスが渋い顔をした。
「……惚気たいのか?」
「そうじゃなくてだな、不安だから俺に甘えてるんじゃないかと思うんだ。イーファの精神面を考えると多少は必要なこととは思うが、最近は以前にも増してスキンシップが過剰なんだ」
「おまえはやっぱり鋭いのか鈍いのか分からない奴だな。心配しすぎだ」
「ならいいんだが……」
心配を払拭しきれないエンナを見かねてか、アンガスが嘆息する。
「実を言うとイーファからも相談を受けてな」
「ほんとか!? イーファ、なんだって?」
イーファが自分ではなくアンガスを頼ったことに少し寂しさを感じつつも、一層心配になってエンナはアンガスに詰め寄った。
「おまえに嫌われてるんじゃないか、って相談だ」
「はぁ!?」
どうしてそういう話になるのか見当も付かないエンナは思わず声を上げてしまった。
「なにをどうしたらそういう話になるんだよ!?」
「うるさい。少し落ち着けよ。ーーおまえ、イーファが甘える度にさっきみたいな心配事抱え込んでたろ? 自分が近づくと神妙な顔するもんだから嫌われたんじゃないかと思ったらしい」
そんな露骨な態度をとったつもりは無かったがイーファには感付かれていたと知り、エンナは自分の迂闊さに項垂れてしまった。
「おまえら互いを想いすぎてすれ違うこと結構あるよな。もう少し遠慮なく何でも話せよな」
「……気をつける。で、おまえは相談を受けて、なんて応えたんだ?」
「照れてるだけだから、慣れるまでもっと甘えてやれって言った」
「それで最近やたらとひっついてくるわけか……。まあ、問題ないならそれでいいさ」
「問題を先延ばしにしているだっけのもあるけどな。なんにせよ俺とおまえがいれば大丈夫さ」
あっけらかんと言うアンガスに、エンナも自然と頷いた。以前より楽天的になった気がするのは成長ととっていいのかもしれない。